視野を広げる

「男性育休」を3D読み 記事を立体的に読み解くと見えてくるものとは


東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 准教授/治部れんげ


朝日新聞社 東京本社デジタル機動報道部
記者 社会福祉士 精神保健福祉士/高橋健次郎

「3D読み」とは、同じテーマについて書かれた複数の記事を読むことで、そのテーマを3D映像のように立体的に捉えて考察を深めることです。多彩な記者たちによる、視点が異なる切り口の複数の記事が掲載されている朝日新聞は、3D読みに適した媒体だと言えるのではないでしょうか。

2022年4月施行の育児・介護休業法の改正により、男性の育児休業制度、いわゆる「男性育休」の促進が期待されています。朝日新聞に掲載された様々な視点の男性育休にまつわる記事のなかから、東京本社デジタル機動報道部の高橋健次郎記者が、三つの記事をピックアップ。ジャーナリストで東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の准教授でもある治部れんげさんと3D読みをしてみました。

「男性育休」を3本の記事から読み解く

高橋:今回ピックアップした記事のうち、1本目は「男性の育休と生産性、人材争奪時代の『ゲームチェンジ』」。働き方改革の専門家であり、朝日新聞デジタルの「コメントプラス」コメンテーターでもある小室淑恵さんが、企業や経営の視点から男性育休に切り込んでいます。

男性を中心とする労働者が長時間勤務や転勤もいとわずに、自分の時間を企業に差し出す時代は終わった。社会では「時間あたり生産性」の高い人が評価されるというゲームチェンジが起きている——。社会構造の変化を大きな視点から捉えるという、“新聞らしい”切り口とも言える記事でした。

治部:小室さんは「残業ゼロで売り上げアップ」をテーマとした組織コンサルティングを行っており、働き方改革の政策提言もされているので、その観点が強く出た記事だったと思います。実際、「男性の育休取得率が100%というある証券会社は、営業部門が率先して19時退社を励行してきた。業務の属人性を解消してチームで成果を上げるように働き方を変えていたため、男性育休がスムーズに実現できた」という考察が印象的でした。

やはり、男性育休が当たり前の企業には、先に働き方改革ができているという共通点があると思います。日本の労働環境における問題の根本は、「みんなで頑張って長時間働く」ことが“良し”とされ、肝心の仕事の中身が合理化されてこなかったこと。SDGsが広がりを見せるなか、それでは持続可能な企業として認められないという社会の変化がよく見えた記事でしたね。

ちょっと厳しい言い方をすると、この変化がわかっていない人は、家庭の全てを妻に丸投げしてきたような従来の経営層の男性に多い印象です。朝日新聞のような知名度のある媒体が、それをきっちり言語化し、見える化したことの意義は大きいと思います。

育休給付金、ワンオペ育児。リアルな視点から問題の根が浮き彫りに

創刊時の『be』紙面

高橋:2本目の記事はお金と育児休業の切り口から、「育休給付金 いくら受け取れるか 知っていますか?」。給付金の実態や育休中の税金などが実際の数字とともに記事化され、育休当事者に給付金の具体的な情報を届けたいという熱意を感じる記事だったと思います。

3本目は実体験と育児休業の切り口から、「男性記者がとった育休5カ月 ワンオペでイライラ、起きた『変化』」。5カ月ではあるけれど、育休期間に育児の喜びと1人で担うしんどさを知ったことで、働き方が変わったという男性記者の体験からくる記事です。ワンオペ育児のストレスが募り、「あのドス黒い感情の延長線上に『虐待』があるような気がした」と我に返る場面など、男性育休当事者の内省的な振り返りが印象的でした。

治部:この二つの記事からは、男性育休というテーマではあるけれど、より俯瞰(ふかん)すると日本の固定的性別役割分業──こう言うとちょっと固い感じですよね。要するに日本の男女は収入の格差が大きく、それが「妻が夫の収入に依存する」という家庭の形や、男女不平等につながっているという側面が垣間見えます。

OECD(経済協力開発機構)のデータを見ると、フルタイムの雇用者における男女の賃金格差は22.5%。共働きが増えてきたと言っても、多くの家庭で妻はパート就労です。ですから、多くの家庭は男性の稼ぎに頼っていることになります。そうした日本のリアリティーを考えると、育休で受け取れる給付金はシリアスな問題です。記事が伝える給付金の具体的な情報だけではなく、なぜ男性育休が進まないかといった本質の理解や興味を喚起する可能性も感じた記事でした。

「ワンオペでイライラ」記事は、記者が実名で、これほど本音を吐露するのは勇気のいる行為だったと思います。商店街に買い物に行くことが増え、商店主に「兄ちゃん、もしかして育休ってやつ?」と声をかけられた、少しずつ世の中が変わってきているところを日常描写として拾ってきているのも新聞記者らしい。そんな日常の変化に気づいている人に偉くなってほしいですね(笑)。

「3D読み」を意識すると問題が立体になり、誰かの思いに考えが至る

写真 山本健一 荒井奈緒

治部:最初の小室淑恵さんの記事は、いわば「この構造変化にいまだに気づいていない人は危険ですよ」という最後通告。大手メディアや企業のトップを含む様々な立場の人に、男性育休の全体像を捉えてもらうという役割を担っています。

ユニセフの報告書では、日本の育休制度は国際的に見ても手厚いのに、取得率の低いことが疑問視されています。「制度があっても使えていない」という現状のギャップを埋める上では、2本目・3本目のような具体性のある記事が役立つでしょう。4月に育児・介護休業法の改正が施行され、男性育休が注目されるタイミングですから、企業の人事部や子育て世代の上に立っている上司がこれらの記事を読み、より深く状況を知ってくれたらと思います。

高橋:1本目の記事が「鳥の目」を持って大きく俯瞰(ふかん)し、2本目・3本目の記事では当事者目線で、経済面や感情面から具体的に明らかにしていました。3本読むことで気づきが生まれるし、社会課題も見えやすくなってきます。治部さんのお話を伺いながら、男性育休を取り巻く状況が立体的に浮かび上がってくるのを感じました。そのように問題が立体になることで、自分とは立場の違う誰かの思いにも考えが至るのではないでしょうか。

治部:そう思います。例えば、SNSではしばしば、育児に奮闘する男性の投稿に対して「やっと女性の大変さがわかっただろう」といった揶揄(やゆ)が寄せられますが、それは少し違うというか、立体ではなく対立で見てしまったのではないかと。3本目の「イライラ」記事を書かれた記者の方も、ひょっとすると「ちょっと育休を取ったくらいで」などと言われることもあったかもしれませんが、気にしないで自分の視点を信じていただきたいですね。

3D読みで、より説得力のある議論ができるように

写真 beパズル

高橋:今回、男性育休を3D読みしていただきました。いかがでしたか。

治部:「自分の経験にないこと、主観にとどまりがちなこと」を、記事を通して知り、それが社会でどんな意義を持つのかに思いを巡らせることができると、あらためて感じました。その点で、やはり朝日新聞のような新聞メディアが物事を多面的に取り上げることの意義はあります。

今回の男性育休であれば、自分の主観だけなら「育休をとった、とらない」で終わってしまうところを、自分とは違う選択をした人の現実を知り、思いを馳せ(はせ)、自分のなかの「無意識の思い込み」に気づくことができるわけです。これはジェンダー平等を目指す上でも有効だと思います。

物事の多面性を理解することは、自身の視野を大きく広げることにつながり、その経験は、相手への理解を深めたり議論したりするときにも大きな力になるはずです。朝日新聞で3D読みを習慣にすることで、より深く説得力のある議論ができるのではないでしょうか。

一つのテーマを立体的に捉えられる3D読みは、情報の偏りを回避し、自分とは異なる選択をした人への共感を育む方法でもあるのかもしれません。そんな3D読みができるのは、毎日多くの記事をお届けしている朝日新聞の特性のひとつ。ぜひこの機会に、「3D読み」を試してみてください。