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こんにちは!大学生ライターのハマダです!旅行が好きな大学3年生で、日々旅行に行きたいと思いながら観光業について勉強しています。

さて、大学3年生といえば、就活を本格的に視野に入れ始める時期。「自分は将来なにがしたいのかわからない」、「就活に失敗したらどうしよう」。そんな漠然とした悩みを抱えている学生は多いのではないでしょうか?

そんな悩みに対し、「今はなにがしたいか分からなくてもいい。」と話すのは、現在、国際人権団体Business & Human Rights Resources Center日本支部で代表を務めている高橋宗瑠さん。高橋さんは、大学卒業後、国際人権NGO「アムネスティインターナショナル」でボランティアをしたのち、イギリスのエセックス大学へ留学。その後、国連に入り約20年間海外で人権を守る仕事をしていました。

そもそも、人権を守る仕事とはどのようなことをするのでしょうか?一般企業以外で働くこととはどういうことなのでしょうか?今回はそんな高橋さんにインタビュー。国連やNGOの仕事に興味がある人はもちろん、就活に悩んでいる人も、ぜひご覧ください。

気になる女の子がきっかけでNGOへ?!ちょっとしたきっかけが大きく人生を変えた話

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―高橋さんはなにがきっかけで国際協力の仕事に就いたのですか?

高橋:実は僕、最初は国際協力とか人権とか全然興味がなかったんです。大学でも文学部で哲学を専攻していて。卒業後、今とは全く関係ない仕事をいろいろしたのですが、どれもうまく行かなくて。プー太郎になったところでした。

―最初から国際協力系の仕事をしていたわけではないんですね。

高橋:そうなんです。完全に"アクシデント"ですね。恥ずかしながら、当時気になっていた女の子がいて。彼女に「一緒にやってみない?」と誘われたのが、国際人権NGO「アムネスティインターナショナル」だったんです。

―女の子!予想外です(笑)

高橋:そうなんです(笑)結局彼女はすぐにやめてしまったのですが、私は入ってすぐ辞めるのもなあという思いで、そのままボランティアで続けました。そろそろ辞めようと思ったときに、転機が訪れたんです。

というのも、アムネスティのロンドン本部から難民担当の調査員が日本に3週間ぐらい調査に来るから、通訳をしてくれないかと頼まれたんです。僕は英語は出来るので、引き受けました。彼が来てからは、彼に付きっ切りで日本にいる難民に会ったり、法務省職員や弁護士に会ったりして。

その時ですね、人権を守るという道で生きていこうと決めたのは。それがきっかけで人権の仕事をしようと思うようになりました。

―本当にちょっとしたきっかけから人権活動に携わるようになったのですね!

NGOは地域に密着した仕事、国連は地域の現状を各国のトップに伝える仕事

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gary yim / Shutterstock.com

―NGOでは具体的にどのような仕事をしていたのですか?

高橋:僕はアムネスティインターナショナルで、難民コーディネーターとして3年間ぐらい勤務をしました。主に、日本に来た難民の法的支援やアシストの仕事ですね。

例えば、自国を追い出されたスーダン人が日本に来ている時は、「日本が保護するべきなのに追い返すのはとんでもない!」って政府に訴えたり、調査報告書を書いたりしていました。

―そこで仕事をしていて、どうして国連に入ったのですか?

高橋:だんだん、ずっと同じところにいるよりも、もっと国際的な舞台で働きたいという思いが強くなって。国連に入れば、NGOとはまた違った視点でいろんなことを見ることができるから、そこに一番惹かれました。

―国連に移ってからはどのような仕事をしていたんですか?

高橋:最初はジュネーブの国際移住機構で仕事をしていました。そのあとウィーンの国連犯罪防止機関で麻薬取締の仕事をして。2009年~2014年の5月までパレスチナで、国連人権高等弁務官事務所の副代表として仕事をしていました。

国連人権高等弁務官事務所では、パレスチナに駐在して人権侵害の調査をしていました。例えば、ここでこういうことが起きたという知らせがあると調べに行って、それらを報告書にまとめ、年に何回か加盟国の人権理事会に報告をします。これを人権モニタリングと言います。後はキャパビルという活動も行っていました。パレスチナの人々の人権が守られるように法整備をしたり、人材育成支援などですね。

NGOがあってこその国連。意外と知らなかったNGOと国連の違い

―ところで、NGOと国連ってどちらも国際協力をする仕事というイメージなのですが、どこが違うのですか?

高橋:一番の違いは、規模の違いかな。僕がいたアムネスティインターナショナルというNGOは本部で約300人規模だったけど、国連は世界中に職員がいて、何万人規模の世界。いろいろな体験ができるし、当然、国連の規模だからこそできることもあります。

例えば、僕が仕事をしていたパレスチナには、一般人が立ち入り禁止の場所がたくさんあって。そういうところに、国連の外交特権(-外交官に与えられる特権・免除)で入ることができたりしました。そういう意味で、仕事はやりやすかったかな。

―でも、それだったら国連だけで十分じゃ...?

高橋:確かに、国連でしかできない仕事もある。けど、実はNGOだからこそできる仕事もあって。例えば、現地の生の声を聞くのなら、断然NGOの方が向いている。規模が小さくても、より地域に密着して活動ができるからね。さっき、人権侵害の情報が国連の事務所に行くと調べに行くと話したけど、その情報をくれたのもほとんどがNGOなんです。

実際のところ、草の根をかき分けるような仕事はNGO、そしてそこで聞いた声を各国のトップに届け、改善させるのが国連という感じかな。どちらかが欠けていては仕事は成り立たないですね。

―NGOがあってこその国連なんですね!もし就職をするとしたら、NGOと国連、どちらがいいのでしょうか?

高橋: 僕は、NGOで仕事をしてから国連で仕事をすることをおすすめします。というのも、残念ながら国連には、「NGOなんて」という考えがカルチャーとしてあるからです。国連の方が偉いと思ってしまうんですね。もちろん、特に人権や難民の仕事をしている人にはNGOの重要性を分かっている人が多いのですが、国連全体で見ると、残念ながらそれは少数です。

だから、NGOも大切な仕事をしているということを分かってから国連に行ったほうがいいと思います。どちらも経験したうえで、どちらが自分のやりたいことかを考えてみることがベストだと思います。

ー現在は日本のNGOで働いているそうですが、なぜ国連を辞めたのですか?

高橋:一番は、日本に帰りたくなっていたからですね。20年近く欧米人の組織で、日本から遠く離れたパレスチナで勤務していました。大事な仕事もたくさんさせてもらえたけど、やっぱり日本の人権を守る仕事がしたいなと。

もちろん、パレスチナでずっと勤務をしていて、国連の仕事の大切さはすごく感じました。ですが、どうしても地元の人達との溝を感じてしまったんですよね。パレスチナに限らないのですが、国連職員として駐在していると、まるで六本木や青山にいるような生活になってしまう。そんな生活だから、必然的に地元の人と距離がありました。僕はもう外国人として、駐在員として、生活しているのが嫌になってしまったんです。そのような考えもあり、国連を辞め、NGOに戻る決断をしました。

―自分に合った方を選択したんですね。現在はどのような仕事をしているのですか?

高橋:日本で活動しているNGOの人権調査を英訳してネットに載せるなど、国際的な情報発信の手助けをしています。あくまで情報発信なので、中立的な立場です。こうした日本のNGO活動を世界に発信、蓄積をすることで、各国の人権活動に役立ててもらえればと考えています。

最終的には、日本を人権が守られる国にしたいですね。

卒業後の就職先が最後の就職先ではない。自分の直観を信じて行動をすることが大切

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―最後に、学生の皆さんに一言お願いいたします。

高橋:人生なにがあるかが分からないってことかな。大学を出た後の就職先が、自分の最後の就職先でもないし、そこでうまく行かなかったからと言って「もう人生終わりだ」と思わないで欲しい。僕自身も一度プー太郎になったけど、ちょっとしたきっかけで人生が大きく変わったからね。

それから、もう一つは企業の名前や得られる報酬にばかり目を向けないこと。就活の時は特に大手に行くこと=優秀のようなイメージがあるけれど、全員が全員その道に進んで幸せとは限らない。国連とNGOの違いに関しても言えることですね。国連のほうが圧倒的に待遇がいいのですが、だからといってそれが幸福への道とも限りません。自分の直観を信じることが一番大事です。自分に合った生き方が必ずあるはずだから。

僕の場合、国連はいいところだったけど、自分のやりたいことではないなと思い、辞めました。結果、その決断をしてよかったと思っています。若いうちはその決断がなかなか下せないのはよく分かる。けど自分が生きる道なんだから、とにかく自分の直観を信じてみましょう。

―自分の直観を信じることは、これからの就活においてとても大切だと感じました。

貴重なお話ありがとうございました!

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