就職活動

就活実話

爪切り

就活の面接では、清潔感も好印象を与える材料の一つだ。首都圏の大学に通うAさんもそのことは十分に分かっていた。就活も佳境だった昨年春、あるマスコミ系の会社の2次面接が午後の予定に入っていたある朝、「爪が少し伸びているな」と思ったAさんは、しっかり両手の爪を切って家を出た。

面接の少し前に会社に着き、案内された待合室で一人、待っていると、人事担当と思われる男性社員が近づいてきた。いよいよ面接の順番かと立ち上がろうとした時、その社員が唐突に口を開いた。「君、なんでそんなに爪長いの?」。えええっ? 切ったばかりなのに、そんな馬鹿な。深爪になりそうなほどに切ってはいないけれど、先っぽの白い部分は決して長くなく、伸ばしっぱなしにしていないことは、見れば察しがつくはずだ。

だが、にこりともしない社員の雰囲気にのまれ、Aさんは意に反して、「うっかりしていました」と言ってしまった。ごていねいにも爪切りを持って戻ってきた社員の前で、さらに爪を薄く切るしかなかった。

ゴングが鳴るか鳴らないかのタイミングで意表をつく先制パンチを食らい、そのまま相手のペースで試合を終えたボクサーのごとく、その後臨んだ1対1面接で、どんな話のやり取りがあったのか、よく覚えていない。今となっては、あんまりうまくいかなかったなあという印象が残っているだけだ。案の定、その数日後、不合格の通知が届いた。

振り返ってみた時、あれは「圧迫面接」の一種だったのかなと思う。わざと落とそうとするため? それとも、思いっきりプレッシャーをかけて、どういう態度を取るのか試しているのか?

ぐいぐいと心理的な圧迫を受けて、自分の場合、見事に相手の作戦にはまったような気もする。

いや、もしかしたら、あの社員は本当に、親切心からボクの爪のことを心配してくれたのか? まだ切る余地があると思ったから、助け舟を出しただけなのかもしれない。だが、あの武骨な表情を思い浮かべてみると、そんな配慮があったとは考えにくい。何せ、あんなこと言われたのは、数ある面接の中であの時だけなのだから。

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