ビジネスパーソンの視点

要は「新聞くらい読んどこう」
ってことです(笑)

『BRUTUS』編集長/西田善太さん

PROFILE

1963年生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店でのコピーライター職を経て、1991年にマガジンハウス入社。『Casa BRUTUS』副編集長を経て、2007年3月から『BRUTUS』副編集長、2007年12月より現職。

さまざまな媒体から情報が得られる現代。これから社会に出る人や若手ビジネスパーソンの中には、「なぜ新聞を読まなくてはいけないの?」と思っている方も多いのでは。「ビジネスパーソンの視点」では、各界でトップを走るビジネスパーソン・経営者の方々に、新聞を読む理由、新聞の活用法、さらには新聞に関するエピソードなどを詳しくお聞きします。

今回ご登場いただくのは、1980年の創刊以来、多くの支持を集めてきたポップカルチャー総合誌『BRUTUS』の西田善太編集長。若者からの人気も高い同誌を12年にわたり率いる西田さんに、今の時代における新聞の役割、情報に向き合うスタンスなどを語っていただきました。

「ビジネス×新聞」
今回の活用ポイントは?

  • 世間の逆を打つために世間を知る
  • ニュースに対する自分なりの“構え方”を磨く
  • 好奇心に任せて面白いものをたくさん見つけて知っておく

世間の逆を打つために世間を知る

端的に言ってしまえば「新聞くらい読んでおいたほうがいい」という考え方です。僕たちがつくる雑誌はこれまで、多くの人が流れているのとは別の方向に行ったほうが刺激的だというスタンスで、ツンツンとんがりたがってきました。皆が好きなものがあれば、その逆を打つ。だから、当たるときもあれば、大けがするときもあります(笑)。そういう意味では、世間の動きを知るために新聞に触れていることは有効です。

かつて「電車通勤をやめると、世間のことがわからなくなる」と言っていた人がいました。電車で通っていれば、車内の中づり広告が目に入り、さまざまな世代・職業の人たちと何駅かを一緒に過ごせる、つまり、世間で何が動いているのかわかるからです。新聞も世間を知る手段の一つです。僕は、朝日新聞の朝刊に目を通し、朝日新聞デジタルとニューヨーク・タイムズを常にタブレットで読めるようにしています。これで、国内と海外で報道されていることを把握。それに加えて、ネットニュースのトップページを朝夕見て、世間の人たちが読んでいるトピックもチェックしています。

世間の動きをサッと把握したいならこのコーナー

  • 「1面」
  • 「1面インデックス」
  • 「社会面」
  • 「いちからわかる!」

ずっと読んでいた新聞。
あるとき見方が変わった

僕自身は小学4年生から小学生新聞を読むよう親に勧められ、中学のころからは大人の新聞を読んでいました。でも残念ながら、長らく面白いとは思えなかったですね(笑)。世間との接点として新聞に触れていましたが、見方が変わったのは、社会人になってからです。

朝日新聞の記事で「私」を主語にして書かれた記事がでるようになり、ふと、「あ、人間が書いているんだ」と思ったんです。無記名性が強いと思っていた新聞社にも、自分を出したいと思っている記者がいて、1990年代くらいからそのような記事が掲載され始めた。各紙には独自の視座や傾向があって、それらに影響を受けたり、捉われたり、逆に反抗してみたりという記者の意思が記事に見えるようになった。たとえば同じ事象でも、「説明を貫いた」と「釈明に追われた」では、記事の印象は相当変わるでしょう? そう考えると、新聞記者はいろいろな条件の中で必死に何かを伝えている。そういうレトリックが見えると新聞記事は一気に興味深く読めるようになりました。

情報が無料になった時代。
課題は「いかに選ぶか」

情報が多様化、複雑化した今、「正しいか正しくないか」ではなく「信じたいか信じたくないか」で取捨されてしまう恐れがある。情報をどう整理して届けるかというのが送り手の問題であり、読み手の側にはどう読み飛ばすかという指針が求められます。自分なりの“構え方”を身につけるのに、新聞のような既存のパッケージメディアの信頼性は大きな価値をもちます。数ある情報媒体の中で新聞は、見出しの立て方まで含めて、紙面に対する責任感が非常に強い。朝日新聞も1本の記事をだすのに6人もの担当者が関わり、チェックしているわけですよね。意地悪な言い方かもしれませんが、新聞は仕事と生活をある程度保障された人たちがつくっている。そのため、私利私欲、または世間を面白がってからかうためにフェイクの記事を流すことはない。だからこそ読み手は、自分なりのニュースへの“構え方”を磨くために利用すればいいと思うのです。

複数紙を読み比べたほうがいいのかもしれませんが、僕は朝日新聞だけで十分。読書面を日曜から土曜に移したり、デジタルページとのリンクでもう一歩理解を深めることができたりと、日々、紙面の更新を心がけている。伝わり方の変化を意識し、伝え方の工夫を続けているところが信頼できます。さらに、長年読んでいるから、「こういう見方をするんだ」「以前にもこういう書き方をしていた」と新聞の視座にもなじんで、ニュースへの“構え方”ができている。言ってみれば、通い慣れた店のようなもので、紙面に変化があれば気づくこともできます。「あれ? マスター! 豆変えた?」みたいな感覚で(笑)。

ひと昔前までは、物量に勝るネットニュースへ皆が流れるのではないかと言われていました。しかし、情報があふれればあふれるほど、きちんと編集が介在する記事がいかに大事かと認識する人が増えてきた。もしかしたら、朝日新聞のようなメディアは、やがて今よりもっと貴重な存在になるかもしれないですよ。

ニュースへの“構え方”を磨くのに参考になるのはこのコーナー

  • 「天声人語」
  • 「社説」
  • 「耕論」
  • 「池上彰の新聞ななめ読み」

雑誌づくりに必要なのは、情報量ではない

僕は『BRUTUS』の編集長として、雑誌の企画は情報の収集だけではつくれないと思っています。編集はメソッドの勝負であって、情報量の問題ではない。だから、やみくもに情報収集をするなどということはしません。

たとえば映画の特集で誌面をつくるとき、「この映画を観よう」だけでは読者に届かない。だから『BRUTUS』では「こんな見方もあるんだよ」っていう“構え方”を提案しています。つまり、情報はあくまでデータであって、そのデータにどう向き合うのかという“構え方”の提案こそが企画。情報収集は企画後にこそ必要になると思っています。

あえて時間も手間もかかる情報に触れる

若い編集者たちには、世間を知るのとは別に、人が読まなくなったもの聞かなくなったものに触れることを勧めています。僕にとっては新聞やラジオなどもその一つ。電車の中、スマホ片手に無料でサクッと読める情報は、他人も手軽に読める。時間も手間もかかる情報に30分でも1時間でも触れていれば、読んだもの聞いたものすべてが自分のものになります。

僕は朝日新聞の「読書」面、中でも特に横尾忠則さんの書評が好きで読んでいます。2019年4月27日付には、書評そのものをアート作品にしたものが紙面に掲載されていました。しかも、朝日新聞デジタルやウェブメディア「好書好日」でしか内容が読めない仕掛けで。面白いことやるなあ、と感心した覚えがあります。

朝日新聞デジタルのスペシャルコンテンツ『PREMIUM A』でやっている李香蘭の晩年のインタビューをまとめた記事もすごい。記事は短いんだけど、声とビジュアルで見せるあの手法は見習いたいなと思いましたね。

〈紙面と連動、デジタルコンテンツも充実〉

朝日新聞は多彩なデジタルコンテンツも積極展開中。
未知への好奇心にお応えします。

土曜朝刊「読書面」とともに、あなたと本との出会いをお手伝いする「好書好日」

「好書好日」はこちら

ニュースやルポを深く鋭く伝える「PREMIUM A」など、デジタルならではの表現で贈る「朝デジスペシャル」

「朝デジスペシャル」はこちら

とはいえ、読んだもの聞いたものから得た知見を生かし20代のうちから活躍できる人は少ないでしょう。僕がそうでした。その代わり20代は無理が利きます。だから、好奇心に任せて面白いものをたくさん見つけ知っておいたほうが、その先が面白くなるし、そうしないと、後で動きが鈍くなる。「スーパーエディター」を自称した編集者の安原顯(けん)さんは、「1本のいい映画を見つけるために、100本の無駄な映画を見ろ」「1冊の素晴らしい本に出会うために、100冊の本を読め」と言っていました。僕はこの言葉にすごく納得がいきますよ。

好奇心を刺激してくれるコンテンツを見つけたいなら
このコーナー

  • 「読書」面
  • 「評・映画、音楽、舞台、美術」
  • 「プレミアシート」
  • 「富永京子のモジモジ系時評」

意味のあるものを読むことが、人生を豊かにする

伊丹十三さんの著書『女たちよ!』(新潮文庫)の序文は名文です。「寿司(すし)屋で勘定を払う時、板の向こうにいる職人に金を渡すものではない。(中略)このことを私は山口瞳さんにならった」とか「女の肋骨(ろっこつ)は、男のものより太く丸く短く、かつ、より彎曲(わんきょく)している。このことを私は、高校の生物学の教科書、およびすべての女友達から学んだ」とか、いろいろ並べている。ただ、それらに続く結句として「私は役に立つことをいろいろ知って(中略)普及もしている。がしかし、これらはすべて人から教わったことばかりだ。私自身は――ほとんどまったく無内容な、空っぽの容(い)れ物にすぎない」とも述べているんです。

自分は空っぽだということを自覚すること。これはすごく大事なことだと僕は思います。空っぽな容れ物だから、「面白いな」という人や事象を見つけること、意味のあるものを読むことが人生を豊かにする。乱暴な結論ですが、やっぱり「新聞くらい読んどこう」ということです(笑)。

〈メディアプロフィル〉
『BRUTUS』誌(マガジンハウス刊)

『BRUTUS』誌(マガジンハウス刊)1980年創刊、月2回刊。キャッチフレーズは「ポップカルチャーの総合誌」、衣食住+旅、本、映画、音楽、食…森羅万象への好奇心を大切にしてきた。2020年に創刊40周年を迎えるにあたり、編集部はウェブサイト(https://brutus.jp)の拡大やイベントなどの企画に邁進(まいしん)中。