相談の次に回答を読む。もう一度、相談を読み返すのが面白い仕立てになっています。

担当記者に聞く、「ちょい読み」

「悩みのるつぼ」の奥深さを、
「ちょい読み」で自分ごとに感じてもらえたら。

be編集部/坂本哲史

PROFILE

1964年東京都生まれ。1990年から朝日新聞記者。奈良支局、大阪本社社会部、AERA編集部、東京本社社会部などで取材にあたる。

「悩みのるつぼ」とは?

土曜朝刊に折り込まれている別刷り『be』(ビー)。バラエティーに富んだ読みものや読者参加型の企画が並ぶ同紙内で、美輪明宏さん、上野千鶴子さん、姜尚中さん、清田隆之さんが、読者から寄せられるさまざまな悩みにタブーなく真剣に回答する人気コーナーです。

写真 坂本哲史

思いがけない回答にも期待

「悩みのるつぼ」は2009年、別刷り『be』のリニューアルに合わせてスタートしました。他紙で長年続いている人気欄を参考にしつつ、道徳的で模範的な回答にこだわらず、むしろ「角度」のある答えを期待できる方々に回答者をお願いして誕生しています。私は2017年の秋に担当になりました。

メールや手紙で悩みを送ってくださる相談者さんは、女性が7、8割で、男性は2、3割。また、全体の8割は回答者の指名がありません。たとえば上野さんを指名するなら叱られたいとか(笑)、姜さんだったら優しく励ましてほしいとか、読者なら回答者の傾向はわかっているでしょうから、指名しない理由には、思いがけない意外な回答がほしいという欲求もあるんじゃないかなと思います。
そうした指名のない相談も「この回答者ならこの相談に向き合ってもらえそうだな」という直感を頼りに私が選び、指名のある相談と合わせて各回答者へ送っています。

写真 坂本哲史

母娘間の悩みが次から次に

相談の8割は家族の問題です。担当して意外だったのは、夫婦生活や子育ての悩み以上に、母と娘の関係がうまくいっていないという相談が目立つこと。世代間における女性のライフスタイルの変化が男性よりも大きいことが要因かも知れません。
男性には立ち入りにくい問題であるため、母と娘の毒親問題に早くから言及している上野さんに回答していただくことが多いのですが、回答が掲載された後も同じような悩みが次から次に寄せられています。

ゲイであることを周囲にカミングアウトした方がよいかどうかを尋ねる高校3年生への回答を上野さんにお願いしたところ、「これはやはり美輪さんに答えてもらった方がいいわ」となったことも過去にあったそうです。美輪さんが「成人になるまで待ちなさい」と答えると相談者は納得してくれて、上野さんも「さすが美輪さん」と感服されたと伝え聞いています。2019年10月に39歳で回答者を引き受けてくださった清田さんもジェンダー問題に関心が高く、旧来の男性とは一線を画す感覚から様々な相談に答えていただけることを期待しています。「桃山商事」という活動を通じて女性から恋バナをたくさん聞いて、自分も含めた男のダメさを学んでいる方です。

写真 坂本哲史

見抜く眼力と人生経験にうなる

回答者の方々の人生経験や眼力には、うならされることがよくあります。
たとえば、清田さんの前任で、スタート以来10年にわたって回答いただいていた岡田斗司夫さんは、結婚に対して煮え切らない態度の相手に悩む相談者に、「『彼の話は全部ウソに違いない』と断言するつもりはありません」と言いつつ、やんわりそんな示唆をしました。すると掲載後に、相談者から「岡田さんの言う通りでした。別れることにしました」とメールが来たのです。

姜さんはご自身の辛苦の半生を織り交ぜて回答することが多く、夫をはねて命を奪った相手が憎いという相談に、「末永く生きて、わたしもそうしますから」と答えました。『悩む力』(集英社)という著書があるくらいの方なので、その回答内容には説得力がありましたし、反響もすごくありました。
2019年1月に掲載したこの相談は、朝日新聞デジタルで「最愛の夫の命を奪った女 人を憎むことを覚えて苦しい」という単体の記事として公開され、「悩みのるつぼ」発のコンテンツとしては年間最多規模の80万PV(ページビュー)を集めました。こうした「悩みのるつぼ」からの記事は、土曜日の朝日新聞デジタルのトップページに定位置を占める、非常に読まれるコンテンツになっています。

写真 坂本哲史

いただく反響が励みになる

『be』には「beモニター」という、いつも感想を寄せてくださる読者の集まりがあります。そのみなさんからのアンケートや、ほかの読者の方々からのメールや手紙による反響は、回答者も編集部もとても励みにしています。たとえば、全く同じ悩みを抱えている人が大勢いるとはとても思えないマイナーな相談でも、いただいた反響を見ると、みないろんな立場で直面している自分の問題に置きかえて読んでくださっていることがわかります。そう読めるように回答者の方々が答えているということでもありますよね。

不倫の問題は、載せると必ず批判のご意見も寄せられますし、それをわかった上での「炎上商法」ではないのかと言われることもあります。しかし、「不倫はよくない」と道徳的な批判を続けても、家族を含めて傷ついた当事者の人たちには何の救いにもならない。むしろ「そういうことは人間の業(ごう)としてあるじゃない」ということを前提にした回答を聞くことで、次の一歩に進めることもある。ふざけているわけでも炎上を狙っているわけでもなく、必要とする人がいる限り臆することなく載せればいい、そう思っています。

写真 坂本哲史

老いも若きも悩みは同じ

世の中にはいろんな人生相談があります。その中でも、お年寄りから若い人まで、いろんな人が読んで相談を寄せる紙面の上で、さまざまな分野の一線で活躍している回答者の方々が自分の相談に真剣に向き合い、自身の経験も込めて答えてくれる“重み”は貴重です。そこに読者が喜んでくれているのを感じます。悩みってきっと普遍的なもので、たとえば、回答者世代が10代の頃に抱いていた悩みは、いまの10代の悩みとそう変わらないのかもしれませんよね。

「悩みのるつぼ」は最初に相談を読んで、次に回答を読む。そこで一瞬、えっと思ってもう一度、相談を読み返してみる、それが面白い仕立てになっています。真剣な回答がひもとく「悩みの奥深さ」を自分ごとに感じていただきたい。そのようにふと読んで何かを感じた記事が、ずっと記憶に残ったり、10年20年経って思い出されたりということもあるのが新聞です。「悩みのるつぼ」もそんな新聞記事になれたらいいなと願っています。