なんで私?
「天声人語」初の女性筆者になった“中の人”が思うこと

PROFILE

郷富佐子(ごうふさこ)

朝日新聞社

論説委員

朝日新聞の時事コラム「天声人語」は、2022年10月1日に筆者が交代。郷富佐子さん・古谷浩一さん・谷津憲郎さんの論説委員3人が新しく着任し、新体制となりました。1世紀以上にわたる連載で、初めての女性筆者となった郷さんが、初回の記事に込めた思いや現在の心境、意外なコンプレックスについて語りました。

天声人語って?

朝日新聞の顔とも言える朝刊1面の名物コラム。紙面に初めて登場したのは1904(明治37)年1月5日で、以来、中断や改題を経ながらも戦後は途切れず毎日掲載。ニュースや旬の話題など「いま」と向き合い、様々なメッセージを送り続けてきました。

あえて、「初の女性筆者」としるしを残した理由

天声人語は、朝日新聞の朝刊に掲載されている時事コラムで、筆者の署名はなしというのが原則。ただ、筆者になって初めての回、10月1日付朝刊の「今日から『中の人』」は、調べようと思えば、私が書いたとわかる内容にしました。

戦後15人いた歴代の筆者は全員が男性。「天声人語の筆者に」という打診があったとき、最初に頭に浮かんだのは、「ここで私が断ったら、女性が後に続かなくなる」ということでした。「天声人語はとにかく大変」「読者からの問い合わせや苦情の数が桁外れに多い」といった社内のうわさも聞いていました。でも、いつかは誰かが最初の女性筆者になる。それならば、何も失うもののない私が引き受けるべきだろうと。

「初の女性筆者」と言われる立場になった私が、その“しるし”を何らかの形で紙面に残しておくことは、2人目、3人目となる女性筆者の役に立つかもしれない。この日の天声人語にも書いた通り、「1人目の歩みは遅くても、次へつなぐために始めたい」と考えたからです。

ただ、これまで天声人語を書いた女性がいないのかというと、そうではありません。数ヵ月に1回程度、代筆を担当する記者や補佐役が書くことがあり、そのなかには女性も複数いました。私も1年半ほど前から代筆を担当しています。とはいえ、それは天声人語の筆者を休ませるための単なる仕組み。代筆担当がそのまま筆者になった例も少なく、選ばれたときは本当に意外でした。「なんで私?」と、今でも不思議に思っているところがあります。

私自身、天声人語は「おじさん」が書くものだという思い込みがあったのです。以前、イラストレーターの益田ミリさんが、朝日新聞のエッセーで「天声人語の人」を空想してらしたことがありました。「朝日新聞社屋の最上階の秘密部屋でハンモックに揺られる麻シャツを着た人」……そうそう、確かにそんなイメージだなって。いざ「中の人」になってみると、そんな優雅な時間はまったくなく、バタバタと余裕のない日々を送っています(笑)。

迷ったときに思い出す、先輩筆者からの言葉

3人で天声人語を書くようになって最初の週が、ノーベル賞ウィークでした。それぞれ代筆は経験していたとはいえ、“新人”が3人なわけですから、1人でノーベル賞を網羅するのはちょっと厳しい。そこで、3人で分担することにしました。私はずっと国際社説を担当していたこともあり、ノーベル平和賞を。化学賞は古谷さん、文学賞は谷津さんという感じでやり繰りしました。今は、3人のローテーションを模索中です。3人チームというのは天声人語の歴史でも初めてなので、やりやすい仕組みを早く作っていきたいですね。

私たち3人は、性格も得意分野もバラバラなんです。私はマニラ・ローマ・ジャカルタ・シドニーと海外支局が長く、特派員としてあちこちに派遣された経験が強みと認識されていると思います。古谷さんは中国の専門家。谷津さんは沖縄問題に詳しい人ですが、私から見ると、花鳥風月や俳句を語るのが得意なのだろうと感じます。

最初は、得意分野ですみ分けを模索するのかなと考えていましたが、今は逆に、得意分野に逃げ込まないように意識しています。私も先日、苦手な花鳥風月、季節の花と俳句をテーマにしてみました。ネタ探しにつまると、大好きなイタリアやローマの話を書きたくなりますが、「得意分野はどうしようもなくなったときのために取っておく」と自分に言い聞かせています。

迷ったときに思い出すのは、天声人語の先輩筆者の「得意分野こそ気をつけろ」という言葉。つい筆が滑ったり、自分がよく知っているだけに「読者もわかっているだろう」と思い込んだりしやすいのです。「得意分野ほど、苦手分野について語るような気持ちで書くといい」というアドバイスは忘れないようにしています。

また、今までの赴任先が、米国や中国といった「ニュースとして優先度の高いネタ」が多い地域ではなく、どちらかというとニュースに取り上げてもらいにくい場所だったことも、いいトレーニングになりました。なんとか紙面に載せてもらうために工夫をする。記者として「考える前に動け」を肝に銘じ、とにかく現場に足を運んで人々の話を聞くことを大切にしてきました。世界各地を取材してきたので、これまでのさまざまな体験や感覚と照らし合わせることができるのは、記事を書くときにとても役に立っていますね。

ずっと抱いてきた「文章が下手」というコンプレックス

天声人語の筆者というと、文章の名手のように思われがちですが、私自身は決してそうではありません。高校時代にイタリア北東部に留学して、大学はロンドン。日本語の文章にはずっとコンプレックスを抱いてきました。卒業後に帰国し、朝日新聞社の入社試験を受けたら、面接試験のときに「日本語上手だね」って。それほど筆記試験の文章が下手だったのです。

ただ、実際に筆者になって痛感したのは、「天声人語はチームプレーなんだ」ということ。書いたものは日々、論説委員補佐や記者にどんどんダメ出しをしてもらって書き直しています。もちろん校閲によるファクトチェックも入念に行われています。「郷さん、これは出典が見つかりません」「この日本語はおかしくないですか」と。一般的に、高浜虚子(俳人・小説家)が詠んだとして知られている作品が、実は全集に入っていないことがわかって、土壇場で別の句に変えたこともありました。インターネットでさっと調べるだけでは、こうした思い込みを見抜くことは難しい。新聞社ならではのチームが組めて、信憑性の担保された記事を出せることを、ありがたく思っています。

そうした身の引き締まる日々のなかで、天声人語は他の記事に比べて読者からのご意見がとても多く、「この記事はわかりやすい」「漢字の量が多すぎず読みやすい記事だね」とうれしい言葉をいただくこともあります。

私は、語彙(ごい)が少なかったり、書くのが苦手という思いがあったりするので、無意識に「わかりやすく」書いているのかもしれません。さらに、これは頼れる書き手が他に2人いるからかもしれませんが、なるべく難しくしないで、幅広い層が楽しんで読めるものにしたいという思いもあります。

個人的には、朝、パッと新聞を見たときに難しい熟語が多いと、なんだかまだ頭も目も起きていないから、頭に入ってこないな〜と感じてしまう(笑)。朝のひととき、ゆったりとした気分になっていただけるようなコラムも書いていきたいですね。

毎日ネタ探しに追われていますし、603文字・六つのパートと、決められたスタイルを守って書くのは至難の業ですが、いつか天声人語に適応した“芸風”が身につくかもしれないと信じてがんばっています。

より詳細を知りたい方はコチラ

(天声人語)「今日から『中の人』」2022年10月1日付

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