自民大勝の「2022年参院選」 選挙予測はピタリ

2022年7月10日に行われた第26回参議院議員選挙は、投票日の2日前に安倍晋三元首相が凶弾に倒れるという衝撃的な事件後の選挙となりました。結果は自民党の大勝でした。朝日新聞が出した選挙予測の精度はいかがでしたか。
四登:出口調査による投票日午後8時(投票時間終了時点)の選挙速報では、「自民党は改選55議席を上回り、60議席台に乗る見通し」と予測し、結果は63議席でした。「公明党も改選14議席確保をうかがう」と予測し、結果は13議席。「立憲民主党はふるわず、改選23議席を割りそう」に対し17議席でした。全体として今回は、相当に正確な予測ができたと思います。
江口:情勢調査は、投票日前に「誰に投票するつもりか」などを尋ね、どの党、あるいはどの候補者が有力なのかを探り、選挙区であれば候補者の当落予測を、比例区であれば政党ごとの議席数を予測するための調査です。
今回の参院選は、「自民、公明の与党は改選過半数(63議席)に達し、非改選を含めた定数の過半数(125議席)を上回る勢い。野党は1人区(全国に32ある改選定数1の選挙区)でふるわない」と分析。結果として、自民・公明だけでなく立憲民主党、日本維新の会などすべての政党が予測幅に収まっていたので、良い調査・分析ができたと感じています。
選挙前に衝撃的な事件はあったものの、選挙自体は無風というか、「予測する」という意味においては比較的難しくない選挙でした。2019年の参院選では、野党が1人区で統一候補をたくさん立てていましたが、今回はそうした共闘も減り、接戦区も多くはありませんでした。
朝日新聞だけでなく、他社も精度の高い予測を出せていたはずです。
調査手法を大転換、他社と逆の予測だった2021年衆院選

2021年10月31日に行われた第49回衆議院議員選挙における情勢調査を見ると、読売新聞、日経新聞などは「自民苦戦」と分析し、朝日新聞は「自民過半数確保の勢い」と分析しています。対照的な分析ですが、結果として朝日新聞は自民党の獲得議席を他社よりも正確に予測できていました。
江口:朝日新聞は、投票日前の10月26日朝刊で、「自民過半数確保の勢い、立憲ほぼ横ばい」との予測を出して注目されました。情勢調査の設計や分析、予測を担当したのは私です。実施した調査の結果に従って決断しているとはいえ、他社とは違う予測に胃の痛む思いでした。
実は、他社と大きく予測が異なったこの衆院選から、朝日新聞の情勢調査では、携帯電話も電話調査の対象に含め、さらに、インターネットパネル調査も導入しています。携帯電話、スマートフォンやインターネットの普及などを踏まえると、固定電話だけを対象にした電話調査を続けるのには無理があると判断したためです。準備に約5年を費やし、朝日新聞にとって大転換となる導入でした。
このインターネット調査は、調査会社に登録されている会員を対象に行っています。企業の市場調査などでも多く利用される方法で、会員が調査会社から配信されるアンケートに、パソコン・スマートフォン・タブレットなどを通じて回答します。
ただ、インターネット調査には課題もあります。調査会社に登録されている会員は、全ての有権者が網羅されているわけではないため、インターネット調査の結果は「有権者の縮図」にはなりません。例えば、インターネットに慣れ親しんでいる若い世代は多く回収できますが、そうではない高齢世代はあまり回収できないといった差などは出てしまうでしょう。偏りがあることを前提として、何らかの方法で補正しなくてはならないのです。
その課題解決のために、2017年の衆院選と2019年の参院選でも、同様の調査方法で試験を行ったと伺いました。
江口:はい。実際に公表した予測記事には反映していませんが、その2回の選挙でもインターネット調査を試験的に実施しています。試験で見えてきたのは、並行して実施する電話調査の結果を基準にすることで偏りを小さくできるということでした。2021年の衆院選から本番導入したわけですが、約5年をかけて慎重に検討を進めてきて、ある程度の自信はあったとはいえ、選挙結果が出るまでは生きた心地がしませんでした。
初めてインターネット調査を導入するというプレッシャー。他社の多くは「自民党は厳しい」としており、朝日新聞と逆の予測。不安要素が満載で、正直なところ「これはやっちゃったかな」と思いました。結果が出て、取り組みが実ったときは本当にほっとしましたね。
出口調査は6社合同 それでも結果予測が異なるわけは?

四登さんが担当された出口調査でも、2021年の衆院選から新たな取り組みがあったそうですね。
四登:はい。報道各社は投票日の午後8時、投票箱が閉まった瞬間から、一斉に議席の予測を速報し始めます。その根拠となるのが、全国で実施する出口調査です。以前の出口調査は、系列やグループごとに独自に行っていましたが、2021年の衆院選から、共同通信社・テレビ朝日・TBS・フジテレビ・テレビ東京、そして朝日新聞の6社が合同で出口調査を実施することになりました。
各社それぞれの調査方法がある一方で、「投票所で投票を終えた人に投票先を答えていただく」ことは共通しています。統計学的に適切な方法で行われていれば、それぞれの調査結果に大きな差異は生じないと思います。また、出口調査は全国で数千人の調査員が稼働するので、かなりの費用がかかります。費用を抑えつつも調査の質を保つ観点から、系列やグループの垣根をこえて一緒に調査し、データを共有することになりました。
出口調査には、期日前投票を対象にした調査と、選挙当日の調査があります。選挙当日の出口調査は、朝日新聞が中心になって行いました。腕章をつけた調査員が有権者にお声がけし、「性別・年齢・普段支持している政党・今回の選挙で誰に投票したのか」といった質問事項に、タブレット端末を使って回答していただきます。こうした基本質問に加えて、「現内閣を支持しますか」といったプラスアルファの質問を加えて、どのような思いを持った有権者が、どの候補者に投票したのかといったことを探ります。
調査データを共有するということは、選挙結果の予測も6社同じになるのでしょうか。
四登:同じにはならないでしょう。過去のデータも含めて、調査結果の分析の仕方は異なると思います。独自の取材もしていますから、その結果も考慮して、各社のノウハウで議席を予測していると思います。ですから、各社の予測には違いが出ると思います。2021年衆院選のときは、各政党の議席数予測や「ゼロ票当打ち(※)」の数に違いがありました。ちなみに、出口調査によるこれらの速報は、投票が締め切られる午後8時までに担当者数人で予測判断をするので、相当なプレッシャーになりますね。
今回は参院選の2日前に、安倍晋三元首相が銃撃されるという事件がありました。そのような大きな出来事は、「ゼロ票当打ち」にも影響するのでしょうか。
四登:私は、影響が出ると考えて判断しました。期日前の調査結果を見ると、事件の前後では数字の出方が変わっていたのです。そういう状況を考慮して今回の予測に至っています。
※「ゼロ票当打ち」とは、投票が締め切られた直後の、開票率0パーセントの時点で候補者の「当選確実」を報じること。
リスクを負っても、有権者が一票に託した思いを政治に伝えたい

出口調査であれば数時間後、情勢調査であれば数日後に、選挙の結果は明らかになりますよね。それなのになぜ、一刻を争って速報を出したり、結果の判断をもし間違えれば新聞社の信頼を損なうリスクがある情勢調査を行ったりするのでしょうか。
江口:そこには、新聞社の役割である「国民の知る権利に応える」という思いがあります。情勢調査は、新聞社(マスコミ)以外だと政党や政治家が盛んに行っていますが、彼らが知り得ている類いの情報を有権者が知らない状況は、フェアではありません。
私たちが行う情勢調査によって、政党と有権者の情報格差をなくし、投票の判断材料の一つとして使ってもらいたいです。例えば同様の政策を掲げる二つの政党間で投票先を迷っている場合、より当選に近い政党の候補者に投票するといった行動もあり得るでしょう。
四登:出口調査の場合は、やはり選挙結果は国民にとって最大の関心事の一つですから、いち早くお伝えすることが報道機関の責務です。また、私たちの出口調査では、単に「誰が当選しそうなのか」だけではなく、「どんな人がどんな判断で投票したのか」という有権者の投票行動も重視しています。
例えば、当選した候補者Aさんに関して、誰に投票したのかという投票先の質問と年代や内閣の支持・不支持という質問との回答を重ね合わせて分析すると、Aさんは「20代〜30代からの支持が厚い」「内閣を支持しないと回答した人の大半が投票している」ということが分かってきます。
候補者や政党は、有権者から白紙の委任状を渡されたわけではありません。出口調査をすることで、実際に投票した有権者の思いや期待を具体的に浮かび上がらせることができます。私は「有権者が一票に託した意味を浮かび上がらせ、政党や候補者に伝える」ことも、出口調査の大きな役割の一つだと捉えています。