仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「弱さもさらけ出し、次を考える」
北島 康介が語る仕事--4

就職活動

70歳の祖母が泳いだ

自分の経験を伝えたい思い

僕は競技生活と並行し、2009年に一つ目の会社を立ち上げていましたが、中身は自分自身のマネジメントを中心としたものでした。その後、世界水泳のメドレーリレーで一緒にメダルを獲得したメンバーの一人、細川大輔からの提案もあり、11年春にはスイミングクラブの設立に踏み切りました。自分が競技を引退してからではなく、現役時代から何かを始めることで多くの人に何かを伝えられるのではないかという思いは以前からありました。

このクラブは選手育成というより、水泳が子どもから高齢者までできる生涯スポーツであり、より多くの人たちに楽しんでもらいたいという趣旨で行っています。僕のおばあちゃんは、僕の泳ぎを見て70歳ごろから水泳を始め、泳げるようになってくれたんですよ。水泳は体への負担も大きなけがもほとんどない。人生の中にスポーツがあるって本当にいいことだと、うれしそうな祖母の姿を見て実感しました。

僕は、アメリカに拠点を置いて練習していた頃、日本にはないトレーニング方法がたくさんあり、その環境も充実していることに驚きました。やがて、日本とアメリカで様々なトレーニングを経験する中で、コーチから与えられた練習だけではなく、自分自身の体の状態、その時期に合った練習やトレーニングを選手自身が考えて行うことの重要性を強く感じるようになりました。そして、自分がこれまでに得たトレーニングの情報をほかの選手たちにも伝えることができたらとも思いました。

また、アメリカで開催された大規模なトレーニングサミットに足を運んだ時、学校の体育の先生からプロスポーツの指導者まで数多くのトレーニング関係者が集まり、最新のトレーニングや知識を得ながら情報交換をしている様子を見て刺激を受けました。その後、複数のトレーナーとの出会いもあり、15年にトレーニングの用品販売やセミナーを行う会社を立ち上げました。

僕が競技者として長く活動できたのは、トレーニング指導者、理学療法士や医師、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸(しんきゅう)師など、多くの人たちの力があってこそでした。ただ、それぞれの分野の垣根を越えて連携したり、選手も一緒に情報交換をすることで、もっと新しいアプローチを可能にしていけたらいいと思うし、それが日本のスポーツの強化につながっていくと思います。

リタイアで終わらせない

アスリートのスタート年齢は早く、選手としての引退年齢も社会的に見れば本当に若い。僕の場合は30代半ばでしたが、現役時代からいろいろな人との出会いによって始めた取り組みが引退後にもつながっています。アスリートは、選手として狭い世界でとがった努力をしています。でも、その経験をリタイアで終わらせるのはもったいない。アスリートとしての経験を社会で活(い)かすためには、様々な人との出会いを大切にし、広い視野を持つことが大事だと思います。

誰でも、思いがけない要因やいろんな条件で負けることはあるでしょう。逆に、どんなにすごい成績を残しても、次の年には周りは忘れていることもあります。けれど僕は、小さな目標を自分で作り、それに向かって努力を積み重ねていくことで、自己実現ができると信じています。(談)

きたじま・こうすけ ●(株)IMPRINT代表取締役。1982年東京都生まれ。平泳ぎで2000年シドニーオリンピック100メートル4位、04年アテネオリンピック100メートル・200メートル金メダル、08年北京オリンピック100メートル・200メートル金メダル。日本人初の2種目2連覇を達成。12年ロンドンオリンピック4×100メートルメドレーリレー銀メダル。16年に引退。現在はコカ・コーラ・チーフ・オリンピック担当・オフィサーのほか、スポーツに寄与する活動やビジネスを展開。東京都水泳協会理事。
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