仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「思春期世代から離れずに書く」
辻村 深月が語る仕事--3

就職活動

大人だって味方になる

柔軟な上司から学んだ大人力

小説家になることを目指して、大学卒業後は山梨県の実家に戻り、OLとして仕事を始めました。平日の夜、そして週末に執筆し、勤務2年目にメフィスト賞を受賞して作家デビューがかなったのですが、その後も執筆とOLを併行していたので、勤務経験は計6年半ほどです。

失敗はたくさんしました。例えば、まだ送ってはいけない未完成の書類をパソコンのメールに添付して得意先に送信してしまい、迷惑を掛けたこともあります。その時の上司は私を叱るのではなく、「次からはメールの送り先に俺も入れてくれるかな」と言っただけ。自分の怒りにまかせて注意するのではなく、部下のやる気をそがずに、一緒に仕事をしているんだからと安心させてくれました。

職場の人たちは「仲間」なんだということを強く教えてくれたのもこの上司です。「人生で仕事仲間と過ごす時間はひょっとしたら家族と過ごすよりも長いかも知れない。だったら仲間を好きでいた方が絶対に楽しい」と。不満を顔に出すより、笑顔でしなやかに対応する方が結果自分の得になる。別の先輩からは、敵を作っても決していいことはないと教えてもらいました。

10代の私は本の世界が大好きで、本を読み知識のある大人を尊敬する傾向にありましたが、日常的な上司の「大人の対応」は、私の視野を広げてくれました。職場に飛び込んで実感しましたが、仕事はきれいごとだけでは済まないし、立場が違えば意見が合わないこともある。世の中には何かひとつの絶対的な正解があるわけではなくて、柔軟な何通りもの回答の仕方があるのだと知りました。

とは言え、何であんな態度を取られてしまうのかと理不尽な思いをしたことも。どんなに立派な「大人」に見える人でも、それぞれ立場があり、時に言い訳が子どものように苦しくなったりして万能だということはない。子どもの頃に見ていた「立派な大人」なんて実はどこにもいなかったのではないかと思うようにもなっていきました。

みんな中学生だったから

私は今38歳です。当たり前ですが大人と呼ばれる年齢で、見た目も十分そう見えます(笑)。中学生や高校生の読者からは「辻村さんは大人なのに、なぜここまで私たちの気持ちが分かるのですか?」と質問されますが、そう聞かれるとちょっと寂しいんです。なぜなら私もかつて中学生だったから。今も10代を主人公に書く時は取材をほとんどせず、自分自身の当時の感覚や教室内の空気をのぞき込むような気持ちで書いています。だから、今もあなたの仲間だよと言いたい気持ちです。

誰でも急に大人になったのではなく、子どもの時間からつながって今日があります。子どもと大人、両方の目線を手に入れたからこそ、大人が絶対に正しいなんてことはないと分かったし、子ども時代の自分が抱えていた大人への不満も肯定したい。当時の私が今の自分の本を読んで、「大人なのに分かってるね、やるじゃん」と言われたらうれしいです。書く仕事を続けてきたからこそ、時間をさかのぼって表現できるようになったと言えるのかも知れません。それがきっと、作家として、かけがえのない私の武器になっているのだろうなと思います。(談)

つじむら・みづき ●小説家。1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部を卒業後、実家に戻り地方公共団体に勤務しながら執筆。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木賞、18年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞する。著書はほかに『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『ハケンアニメ!』など多数。
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