「人を喜ばせる創造を仕事に」
猪子 寿之が語る仕事―1
「選択」に慣れていないか
今は育った環境なんて何の影響もない
クリエーティブな分野でやりたいことをやっているからでしょうか。一体どんな環境で育ち、どのような教育を受けてきたのかと聞かれますが、特別なこ とはないです。世の中はもう均質化されていますから。大学時代に遊学した米国だって、僕にとっては「同じだな」という印象で得ることは何もなかった。
ただ、振り返れば僕は素直な少年だったかも知れない。周囲の友人たちが無意識にウソをつく気がしていました。例えば 「趣味は?」と聞かれると映画とか音楽とかと言う。もちろん本人はウソをついているつもりはないけれど、どう考えても「余暇の時間に自分が真っ先にやりた いこと」が趣味の本質だから、本当の趣味は、待ちきれずに買いに行く『週刊少年ジャンプ』です。
みんなは、自分の行動を本質的に顧みて答えるのではなく、一般的に趣味とされる選択肢の中から選んでいるだけ。常識の中から選択するという気持ち悪さがずっとあって、もっと自分の感情や行動に素直になればいいのになと思っていました。
僕自身はあまり覚えていないけれど、高校時代に制服の上からランドセルを背負って登校していたという証言もあります (笑)。今思えば、問題の提示かな。「何が違うのでしょうか? ここも学校ですよね」というような。何も考えずに思い込まされている「常識」に絡んでいたわけです。大人的に言うとコンテンポラリーアートですね。
東大工学部の1年生時には、ウェブの最先端を学べる別の大学を受けて合格したこともありますが、面接教授が「君はうちの学校に過度に期待し過ぎている。うちも君の大学と同じで校名目当ての学生ばかりだ。東大をさっさと卒業した方がいい」と率直に言ってくれた。
過去社会から隔離する新しいチームを作った
情報化時代に突入して、時代は激しく変わっている。歴史的に見ても20世紀を支配した、大量生産と効率化の産業社会ルールは終わりを告げた。世界中 のインテリ層がそう言い、僕たちも含めて多くがそう感じている。でも、その時代の変化はどんなふうに自分たちに浸透していて、仕事として何がやりたいの か、何ができるのか分からない。それなら僕たち発の面白いことをしてみたいと、大学時代の仲間と創業しました。
決めたのは、過去とのつながりや影響を全て排除すること。銀行が来ても、証券会社が来てもお断り。出資も受けず、借り 入れも一切なく、創業メンバーは皆学生で、社会に出たことのある人間は一人も入れなかった。一つ目の商品はリコメンデーションエンジン(ウェブ上で高度な データ分析により顧客に商品を推薦する機能)でしたが、全然売れず、アート作品も創ったけれど売れなかった。しかし、僕たちが提供する価値を買ってくださ る所には、全力を尽くしてプロダクトを創り上げていきました。
このチーム、仲間と一緒に僕の成長は始まりましたね。突出したクリエーターはいないけれど、自由な新しいアイデアはいくらでも出てきて、実現へ共に問題を乗り越えていける、力が出る。本質的で幸せな次世代の仕事の在り方はこれだったんです。
出典:2015年6月7日 朝日新聞東京本社セット版 求人案内面