就職活動

シューカツ見聞録

山口さん

埼玉県出身。武蔵大学卒。
塾講師のアルバイトをしながら、大学では陸上部長距離に所属。モットーは『親切・丁寧』 周囲からのあだ名は『終身名誉幹事長!』

第3章 逆転ホームラン(中)

「中継ぎという名のリーダー」

都大路が、箱根が、夢だった。

高校、大学時代に最も打ち込んだものと言えば、陸上競技以外には考えられない。しかし、長距離ランナーなら、だれもが恋い焦がれる、あの駅伝の晴れ舞台に立つことはできなかった。

高校は、陸上競技部としては埼玉県有数の強豪、東農大三。だが、1年の時から卒業するまで、タスキをつなぐ7人の駅伝のレギュラーにはなれず、万年補欠だった。しかも、チームはその3年間、全国高校駅伝競走大会の出場をかけた県予選会では、ずっと2位。同級生らのサポートに回りながら悔し涙を流し続けた。県内ライバル校の1学年下に、今年の箱根駅伝を沸かせた設楽兄弟(東洋大)、服部翔大(日体大)といったずば抜けたエースがいたのは、いかにも巡り合わせが悪かった。

その箱根駅伝も、遠かった。一浪して入った武蔵大では予選会に出るにしても、10人全員が5000メートルの記録が16分30秒以内などの要件を満たさなくてはならないのに、そもそも人数が足りず、スタートラインにすら立てない無念さを味わってきた。自身の自己ベストは15分40秒と、十分な参加資格があったのだが……。学生生活最後の今年の正月、箱根の急な坂道をものともせずに駆け上がる同郷のスターたちの姿は、テレビで観戦した。

生来、負けず嫌いだから、うらやましいという気持ちもあるが、卑屈になることはなかった。そもそも彼らのような陸上エリートではないんだから、今いる立ち位置で、秘めた熱い思いをだまって実現させていくのが、自分の務めだという自覚があった。

地味にこつこつと

例えば、大学の練習についていけないと感じると、練習後、とっぷりと暮れた中をキャンパス内にあるトレーニングルームへと急いだ。一緒に来る者はだれもいない。ひっそりと腕立て伏せなどに汗を流した。

そんな姿を知ってか知らずか、3年の時は、部内の長距離チームの主将に選ばれた。もちろんカリスマ的にぐいぐいと引っ張るタイプではない。野球で言えばワンポイントの代打、中継ぎ投手といった感じだが、そんな人間が一人いても損はないと思う。他大学の陸上競技部の役職者との付き合いが出来ると、それはそれで楽しかった。部のOBの忘年会に現役生でただ一人、呼ばれて加えてもらったこともある。地味でも黙々と練習したり、役職の仕事をこなしたりしていることを認めてもらったのだと、うれしかった。

1年から始まる学科のゼミで、1学年10人をまとめる班長を自然と4年間連続で引き受けることになったのも、自分なりの役割を淡々とこなすのを周囲が評価してのことだと思う。

そんな自分が最大限、認められたと感じたのは、大学2年の冬、アルバイトをしていた塾でのことだ。

英語の勉強にやる気をなくし、「もう塾を辞めたい」という生徒を1カ月だけ個別に受け持つことになった。

その生徒のことはまったく知らない。週に1回、計4回の指導で何を話そうか。1回目は自己紹介など簡単な話をして、2回目に進路の相談に乗って、3、4回目に授業をして後腐れなくお別れをすれば、塾からも親からも文句は言われないだろう。

「ずっと山口をつけます」

でも、それだけじゃ悔しい。塾講師も、ただお金のために適当にやっているんじゃないというプライドがある。最後の一ヶ月、「山口に担当してもらえてよかった」と言わせるにはどうしたらよいか。最初の回に、彼がサッカー部に入っていることを聞きつけると、本屋でサッカー雑誌を買って来て、活躍中の選手のことなど自分なりにサッカー事情を勉強した。満を持して次の回、「○○君、この選手知ってる?」と水を向けると、彼の目がキラキラとしてきた。心が通ったようだ。失っていたやる気が再び、出てきたのか、3週目には「やっぱり塾を続けたい」と言い出した。

塾側も大喜びだ。親に「ずっと山口をつけますから」と約束し、以後、この子の指導を任せてもらった。正社員以上の仕事をしたことで塾に自分の価値を見直させたことが心地よかった。

その後、生徒や保護者から「ぜひ山口先生に」とご指名が来たり、塾の別の教室に「講師としての心得を話してほしい」と依頼されたりした。頼まれごとは120%の力でやる、人のために出来ることは何かを意識する。自分では当たり前のように身についている考え方が、周囲には新鮮に映ったようだ。

中継ぎであれ、代打であれプロ意識を持ちたい。大手証券会社から内定を受けるかどうか最終意志確認のために呼ばれ、「君が採用担当だったら、自分を採用するかどうか」という質問を受けた時、こう答えた。「もちろん採用します。ストレスに強いし、ほかの人と違うタイプだからこそ役に立ちます」

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