就職活動

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Wの悲劇(上)

「おめでとう。来年から一緒に仕事ができることを楽しみにしています」

関東地方に住む大学生Aさんは昨年4月のある夜、しゃれたレストランで、内定先のB社の人事部長があいさつするのをうっとりと聞いていた。

店を貸し切って開かれたB社の内定パーティーには、スーツ姿の内定生約20人ほどが集められ、豪華なコース料理とお酒が振る舞われた。学生たちはみな、テーブルを囲んだ初顔合わせの同期と互いに自己紹介をしながら、人生の新たな節目となるこの夜に酔いしれていた。

そんなさなか、Aさんがスーツのポケットに入れていた携帯のメロディーが鳴った。あわてて留守電に切り替えながら、こっそり液晶画面をのぞくと、見覚えのある電話番号だった。

「えっ、まじかよ」。心の中でつぶやいた。

この会社とともに、最終面接まで進んだ別の会社の人事部からだ。もしかして……。「すみません、ちょっとトイレ」。席を外して、だれからも見えない場所で留守電に耳を傾けた。

「Aさんですか? こちらC社の人事部ですが、明日またお電話します」。その声のトーンからして、自分にとって「いい話」に違いなかった。

実は、B社とC社の最終面接は数日前の同じ日にあった。B社からはその日のすぐ夜、電話があり、内定を知らされた。一方、C社からはこの日まで全くの音沙汰なし。「これって落ちたってことだよな」。C社が第一志望だったAさんはそう自分に言い聞かせ、この日を迎えた。B社と一心同体となって働くことを心に誓って。携帯が鳴るまでは……。

席に戻ったが、もう上の空で、食べ物の味も分からなくなった。酒の勢いも手伝って、思わず笑みがこぼれる同期たちにはさまれて、Aさんの笑顔だけがひきつっていた。パーティーの前、B社の応接室で内定通知を受ける最終確認をした際、「期待しているよ」と人事部長と固い握手を交わしたした感触がまだ、右手に残っている。だが、翌日、C社からはっきりと内定の知らせをもらったら、B社は辞退するしかない。

B社の内定生の中には、同じ大学のゼミ仲間がいた。その彼には以前から、C社が本命だと言っていた。「最後の晩餐」のユダのように、内定の宴で唯一の「裏切り者」となったAさんは心が押しつぶされそうになって、自分が置かれた状況を仲間に耳打ちした。「やべえじゃん」「やべえよ」。でも、この場でほかの誰にも言えるはずなどなかった。

パーティーの最後に、記念撮影があった。出来ることなら写りたくない。今にも逃げ出したくなるような気持ちでカメラに収まった。B社の人事担当者やレストランにいた同期は、どんな気持ちで写真を見るだろうかと思うと、後ろめたかった。

「W内定」の悲(喜)劇は次回に続く。

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