就職活動

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昨年のちょうど今ごろ、東京都内に住む大学生Aさんは真っ昼間、都心に近い地下鉄の駅から目的の会社が入るビルへと続く通路を必死に走っていた。時計の長針は、文字盤の12から1へ向かおうとしている。「あーまずい!」。それは、最終面接の約束の時間をすでに過ぎていることを意味していた。

Aさんの自宅から、その会社までは私鉄と地下鉄を乗り継いで、ざっと40分強。自宅を出る前に、パソコンで目的地と到着時刻を打ち込み、時間ぴったりにその会社に着く電車の時刻を確めていたはずだった。その計画通りに電車に乗り込み、最初は順調だった。

15分ほどで乗り換え駅に到着。予定通りだ。その時、生理的な欲求がAさんを襲った。腕時計を見ると、地下鉄の電車が来るまでまだ少し余裕がある。「少しぐらい時間をつぶしても大丈夫」。安心して駅のトイレに駆け込んだ。用を足し、爽快な気分で地下鉄のホームへと向かい始めたその時、同じ駅名とはいえ、私鉄と地下鉄の駅が約100メートルも離れていることに気づいた。それまで、この駅での乗り換え経験があったのに、すっかり忘れていた。

乗り換えに時間的余裕があったのは、二つの駅の移動に時間がかかるためだった。「まずいっ!」。あわてて走り始めたが、焦っていたせいか、どっちの道を進めばよいか分からなくなり、立ち往生して余計に時間をロスした。

ようやく地下鉄のホームに下り立った時、目の前をのろりと車両が動き始めるのが見えた。乗り損ねたら、次の電車が来るまで5分以上は待たないといけない。「完全に遅刻だ」。余裕を持って家を出たら、こんな心配はしなくてもよかったのに。そう後悔したが、あとの祭りだ。

息せき切って会社に駆け込み、最終面接の受付の前に立った時点で、約束の時間を5分ほど過ぎていた。「すみません。面接、受けられるでしょうか?」。許しを得て、応接室のドアを開けた瞬間、人事担当者3人の冷ややかな視線がAさんに突き刺さった。

最終面接を最後に、その会社とは縁が切れた。Aさんはその理由を自分の遅刻のせいに違いないと確信している。なぜなら、人事担当者とは、大学時代の部活や入社したらやりたいことなどで話が盛り上がったからだ。落ちる理由を思い返してみたら、やっぱり遅刻に違いないと思う。もう二度と、ギリギリのスケジュールで冷や冷やするのはやめよう。いったんはそう誓うのだけれど、習慣が完全に改まったわけではなかった。

Aさんがほかにも残した「武勇伝」は、次回に。

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