「人と人の間に何が必要か」
小林 せかいが語る仕事--2
飲食業界へ修業に行く
IT企業を退職し、厨房(ちゅうぼう)へ
大学では数学を学び、コンピューター企業に6年弱、料理レシピのコミュニティーサイト運営会社に約半年勤務。役立つITシステムを手掛ける仕事は面白いものでした。それでも飲食店を実現したいという気持ちは消えません。中学生の頃に喫茶店で体験した「誰もが自分らしくいられる空間」を追い求めてみたかった。そこで感じた穏やかな解放感は、人として大切なものだと直感していたからでしょうか。本気でした。
こうして、偏食気味で料理も満足にできない私が、飲食店のアルバイトとして一から修業しようと計画をし始めます。飲食業界といっても、家族で営む町の定食屋さんから、総菜店やレストランのチェーン店系、長くのれんを守る老舗など様々です。店を運営するには、調理技術のほかに食材の管理、仕入れ、一人で回せる作業効率、赤字を出さない経営力、飽きずに来て頂く集客力なども学ばなくてはなりません。そのために幾つもの店を選び、飛び込んで、自分なりの答えを得ようと目標を立てました。
まずは、飲食業未経験のパートやアルバイトとして仕事を探しました。油まみれの床をはいつくばって磨き、何時間も立ちっぱなしで皿を洗い続ける。就業時間は長く、週末ほど忙しい。でも時間給はきつい労働に見合わない。そんな現場を何店も体験しました。また自分の持つプライドにも気づきました。前は都心で働く外資系IT企業のキャリアウーマンで、おそらく給料は同年代で群を抜く高さ。ブランド物のスーツや靴は当たり前、ランチはホテルでなどという日常でした。退職後に会った仕事仲間からは無謀な道を歩いているように見えたことでしょう。
でも現場で修業を始め、飲食業界の数多い慣例を知ることができました。逆に、研ぎ澄まされた新しいシステムを構築しているレストランのことも。私は、分析して私なりの取捨選択ができることがありがたかったですね。
作業の見える化が、極意
仕事の分野で眺めると、飲食業界は「腕に覚え」というか、技術を大切にしますよね。私は初めて入った食堂でキャベツの千切りができず、叱られたのが悔しくて自宅で2日間自主特訓をやりまくりました。痛くなった腕をさすりながら、いい千切り機械がいくらでもあるのになぜ使わないのかと不思議で仕方がありませんでした。
また、材料の下ごしらえから腕を問われる。煮る、焼くといった技術になると習得は年単位だとも言われます。飲食業界からは、気概のある若い人が集まらないってボヤキが聞こえますが、それはそうですよね。労働がきつく、誇りが持てなくて、給料が安いのはつらいですよ。ですから私は、雇ってもらった先で何を学びたいかという目標を定めて飛び込み、理解できたら辞めると決めて踏ん張ってきました。
マニュアルとシステムを学びたくて選んだイタリア料理のチェーン店では、作業をとても細かく分類し、誰もがどのパート部分もできるようなマニュアルで動いていました。これは本当に素晴らしかった。ホールでも厨房でもスッと交代し、もたつかない。「効率が良ければストレスがない。これが自分には合っている」と知りました。現場は仕事の教室って、本当です。(談)