「人と人の間に何が必要か」
小林 せかいが語る仕事--3
仕組みは、発見する
破綻(はたん)なく、一人で回すために
IT企業などでの勤務6年半、退職して幾つもの飲食業界での修業を約1年4カ月。15歳の頃から持っていた、いつかは店をやりたいという思いが、いよいよ現実として動き始めました。それは、私一人で調理から接客、経営までを手掛ける小さな定食屋です。都会の真ん中で誰をも受け入れ、あそこならホッとすると言われる空間を提供したかった。
東京の都心に物件を見つけ、カウンター12席だけの食堂に改装しました。効率を重視して昼は定食1種類のみにすれば、わずか10秒で出せる。夜は定食を基本にして、お客さんが今食べたいものを冷蔵庫にある食材で作ろう。私はこれを「あつらえ」と名づけ、店の最初の柱にしました。なぜなら、現代の私たちは店で「何か食べたいおかずはある?」と聞いてもらえる機会がほとんどないと直感したからです。人から何と言われようと、大好きなマヨネーズをたっぷり使ったおかずとか、その人にとっての「ふつう」をかなえる食堂を目指しました。
次に、食事後のお客さんに、希望するなら厨房(ちゅうぼう)に入って皿洗いや接客などを50分間手伝ってもらい、食事代を無料にする「まかない」という仕組みを導入しました。人件費は1食の原価よりも高いので、これも経費節約の一助です。また、「まかない」で得た1食分を見知らぬ誰かに贈る 「ただめし」という仕組みも作りました。これは店外のボードに「ただめし券」として貼りつけ、食事をしたい人が自由に使えます。
他にも、翌週の定食のメニューは必ず、週末に来店してくださったお客さんとあれこれ話しながら決めています。定食というルールは守り、効率化を図り、私が一人で回せる基本を崩さず、そこに考え抜いた仕組みを導入して、私ならではの店を作っているのです。世の中に既にあるスキルをベースに、誰のまねでもない考え方を重ねなくてはなりません。そっくりまねしていたら、それは劣化すると思っています。どんな仕事も自分なりの目標を見据え、仮説検証を積み上げていくしかありません。
満たすのは、空腹だけか
開店してから、この「ただめし」という言葉のインパクトのせいか話題にして頂くことが増えていきました。でも、「ただめし」を求めて多くの人が押し寄せるといった現象はありません。それよりも、なぜ私が定食屋として、効率の分析や人と人との関わりといった視点を持つのか。どうして開店以来、黒字を続けられるのか。そんなことにご興味が多いように思います。
私には、大阪から一度家出をして東京で寂しい毎日を過ごした経験がありますが、食べ物はコンビニなどで手に入りました。安くておなかが満たされる食品はあるのです。ただ、一人だけでご飯を食べる空虚な感覚は満たせなかったんですね。見ず知らずの人でも、隣にいて同じご飯を食べている。それは気持ちが柔らかくなる空間でした。「ただめし券」はその延長で、誰かがくれた親切を味わうことではないでしょうか。
直接、肩をたたくでもなく、コミュニケーションしようなんて言うこともないまま、誰かを応援している。私はそのような仕事を目指しています。(談)