仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「デジタルは深く人を支える」
齋藤 精一が語る仕事―2

就職活動

壁を越え人を喜ばせる

二足のわらじからの脱却

ニューヨークの建築会社勤務を経て、広告のクリエーティブエージェンシーで映像やCG制作を手掛けるようになり、同時にアーティスト的な活動もやりたくなっていました。

ただ、正直に言えばアートでは稼げない。それに作品制作には費用が必要なので、僕は広告を作りながら、建築デザインで学んだパース(透視図)を描いて稼いでいましたね。他のアーティスト友達も、例えばカメラマンなら自分の写真作品を撮りながら、マンションの広告も作る。でも広告には誰もクレジットを載せない。

その頃、越後妻有アートトリエンナーレに作家として選出して頂く機会がありました。日本でのそんな美術活動もやりたい一方、アメリカの広告会社で収入も得たいと、両国を行ったり来たり。この時代、どの国際美術展に作品を出しても車代くらいしか出なかった。アートのイベントに参加すると、結局は作家の持ち出しになるのが現実でした。僕は、アートの仕事が人を楽しくできると考えていたので、この閉塞(へいそく)感を何とか越えたかったのです。

実はそれまでずっと、アートと他業界が手を取り合いにくい状況に、しっくりとしていなかった。例えばデジタルアートなら、まず作りたい作品を完成させ、そこで得た手法をCMに活(い)かすのはどうか。見る人の心を動かすエンターテインメントという軸は同じではと考えたのです。そうして僕は、実力のある友人たちと起業しました。

デジタルアートはコンピューターをいじるだけとイメージする人も多いのですが、プログラミング以外の制作の場は工場や建築現場のようです。ハンダづけはもちろん、木を切り、泥をこね、工作や施工も手掛けます。人間の五感に訴える作品を作り上げるには、作り手もあらゆる力を注がなくてはならない。そこには人を見つめ、幸せを与える哲学がいります。だからこの仕事は面白いのです。

縦割り思考でいいですか

起業した当初は、もちろん僕たちが目指している仕事は知られていませんでしたから、一下請け企業として、メーカーさんの広告制作を請け負っていました。しかし、依頼されたその商品の価格やカラーバリエーション、機能などが、ユーザーにとって魅力的だとはどうしても思えないことがよくありました。言うべきか、いや、ここは従っておこうと年月が過ぎる中で、ある時「この商品、僕は売れるとは思えないので広告やめませんか」と言ってみたんです。時代に合わないですと。

ちょっと覚悟して発言しましたが、「では商品開発から参加してくれないか」というステップアップの展開になりました。日本の企業は、事業部が予算を出し、マーケティング、商品開発、広告制作の各部署が縦割りになっていて、話し合いが行われないことが多いのです。でもユーザーは、企業全体が自信を持って送り出す魅力ある製品を待っている。だから、この全ての部署を串刺しにして俯瞰(ふかん)できるような、クリエーティブディレクションが求められていたのですね。

これが、手探りしながら建築、デザイン、広告、アートと異なる仕事に携わった僕の立ち位置です。あなたも、縦割りの中で何か気づいているのではありませんか。(談)

さいとう・せいいち ●1975年神奈川県生まれ。(株)ライゾマティクス代表取締役。東京理科大学理工学部建築学科卒業。コロンビア大学大学院で建築デザインを学びニューヨークで活動開始。2003年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出され、帰国後06年から現職。アート、コマーシャルの領域で立体、双方向性の作品を数多く手掛ける。国内外の広告賞多数受賞。15年ミラノエキスポ日本館シアターコンテンツディレクター。
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