「気持ちのままにアクセルを踏む」
丸山 京子が語る仕事―3
飽きない分野を専門職に
通訳の仕事に走り出した
FMヨコハマの音楽番組でラジオのディスクジョッキー(DJ)を4年間担当し、私は表に出て話すことよりも、海外のミュージシャンの話を通訳するほうが楽しいと気づきました。裏方が自分には向いていると感じたのです。社会人1年生の時に、気持ちがついていかない仕事は苦しいと実感していた私は、やりたいことを選んで走ろうと思っていたのですね。
得意な分野は海外の音楽だったので、フリーランスの通訳としてレコード会社や音楽雑誌社からの委託を受け、来日ミュージシャンの通訳をする毎日が始まります。雑誌は電波媒体と違って、分刻みの時間に追われることなくじっくりとお話が聞ける。一方、インタビューを担当する人は音楽に詳しいので、通訳の知識が追いつかないことも出てきます。それで私は徹底的に自分でノートを作って勉強するようになりました。今では逆にインタビュー担当者が若く、年代が上のミュージシャンが語る音楽史に不安がありそうなら、私が間でフォローすることもあります。
言葉は奥が深いなあとつくづく感じます。ただ一つのシンプルな単語の後ろに、その人なりの思いが込められている。このミュージシャンが語るメッセージのキーワードは何だろうか、さりげない言葉が本当は特別な意味を持っていないだろうかと、通訳は集中して判断しなければならないこともあります。人が喜んでくれるのがうれしい私は、例えばアメリカの方にはこう言ったほうがいいと補足したりして、無意識のうちに、そのほうがベストだと思う通訳をするようになりました。
英語が話せたらどこでも通訳として通用するかと言えば、違うと私は思います。もし、語学を活(い)かして仕事を選びたいなら、選んだ語学と共に専門分野を考えて欲しい。そしてそれが自分の興味の尽きないジャンルならば、必ずいい仕事ができると思います。
瞬発力を養うトレーニング
海外のミュージシャンを専門に通訳してきたことで、テレビ出演に同行する機会も増えていきました。そうなるとまた、時間とのせめぎ合いが課題になってきます。視聴者が見ている前で臨機応変に、的確に通訳するために、私は自分なりの訓練をやりました。
例えば同時通訳者は、1秒遅れで口に出してしゃべる練習をしていると知り、私も我流で始めました。海外のニュース番組を見ながら、1、2秒後には英語で、あるいは日本語で内容を変えずにそのまま言います。これは「口の勉強」ですね。また、目に見えているものを全て英語で実況したり、自分の思いや今日体験したことを英語で短時間で解説したり、海外のインタビュアーの動画を見て言い回しを覚えたりなど、自分なりのトレーニングの仕方を探り、今も続けています。
音楽分野の通訳の道はあってないようなもので、私の前を歩く人も数えるほどという時代でした。好きなことをわがままに通してきたら、自分で開拓しなければならない獣道だった(笑)。さらに私は、通訳だけでなくミュージシャンの本の翻訳も始めていました。とにかく音楽のそばにいたかった。
英語という道具を使って、どこの世界で仕事をするか。その専門分野を自分なりの物差しで選ぶ喜びは、一生ものだと思います。(談)