「全ての仕事は人間のために」
石黒 浩が語る仕事―4
粋を壊せ、自分をさらせ
慣習の外へ出よう
自分を知りたいという願望は誰もが持っています。そして若い人は、自分の適性に合ったいい仕事に就きたいという。でも、それは難題です。僕も大学に籍を置いている立場なので、学生への就職説明会の講演に駆り出されますが、集まった大勢の学生を前に「ここに来ている君らが就職できない典型だよ」「マニュアルを求めるな」と脅かします。それは、与えられた枠の中で全て問題を解決できると思うのは間違っているからなんですね。
親や学校に守られて狭い枠の中を生きてきた20代は、せめてその「慣習や指導」の外に出て自力で仕事を探してみてはどうですか。自分をさらす体験をしないと、自分は見えないのです。必死になってあちこちにぶつからないと自分の輪郭や本当にやりたいことが分からない。それは人の中に飛び込んでみてやっと体得できるものだと思います。
2010年に日本公開されたSF映画に『サロゲート』という作品がありました。代理を意味するタイトルで、自分そっくりのロボット、ジェミノイドを身代わりとして利用する近未来の世界が舞台です。人々はそれを自宅から遠隔操作するのですが、自分は家の中にいるから安心、安全で事故に巻き込まれる心配もありません。僕もこの映画の冒頭、ロボット開発の歴史を紹介するフラッシュ映像の最後に、自分のアンドロイドと共に登場しました。
この映画が投げ掛けるのは「自分とは何か」「果たして人間とは何か」というテーマです。ロボットという代理を通して人間というものを問うていく。面白いのは、自分のサロゲートを美容院に通わせ、自分の好みに変装させたりする。若い頃の容姿のまま一生を送ることもできてしまう。人間はなぜ、現実とは違うなりたい自分を生きることを求めるのか。ロボットはそんなことも考えさせてくれます。
君をどう社会に活(い)かすか
細分化された枠や壁に縛られがちなのが人間ですが、そんな自分を壊した瞬間に大きな喜びがあります。いわばエクスタシーの状態です。そうやって自分を揺さぶりつつ、社会の中で人とつながったり離れたりしてアイデンティティーを確立していくことで、どう自分を活かせるか、分かってくると思います。
僕たちが生きている現代は、これは違うと思ったら仕事をリセットできる。だから社会に役立つ方向も自分で選ぶことができます。人間は、人を支え人に喜んでもらえると本当にうれしいものです。僕も若い頃は自分の研究の進展にしか興味がなかったのに、今は様々なロボットを介して、多少なりとも社会に貢献もできる可能性が見えてきました。
まずは、自分が文系か理系かなどというつまらない枠に縛られて、思考する範囲を勝手に狭くしてしまわないこと。技術革新こそ時代を変化させますが、どのような技術が求められているかの着想は総力戦でしょう。もっと言えば赤ちゃんや子どもからも、未知の国からも、固い頭の枠を壊す刺激は見つけられます。
あらゆる仕事は、人間を理解することに向かっているのですが、では人間はどんなふうに生きるのが幸福なのか。生き続ける限り終わらない深いテーマです。(談)