「自分で見極める大切さ」
畑中雅美が語る仕事--4
現実を忘れる物語こそ
何のためにヒットにこだわるのか
少女漫画雑誌の編集者としてヒット作の要素を分析するうち、私は自分なりに幾つかの結論に至りました。その一つが、世の中の物語を現実直視型と現実逃避型の二つに分けることでした。
読者に現実を知らしめてその頬をピシャリとたたくような現実直視型の物語と、現実ではなかなか起こらないけれど、もし本当にこんなことが起きたらどんなに素敵だろうという夢が描かれた現実逃避型の物語では、ヒットするのは圧倒的に現実逃避型の方でした。
でも正直、私は現実直視型の方も好きで、ヒットを狙って現実逃避型の物語ばかりを作ることに抵抗を感じていた時期もありました。
そんな時、読者からのある手紙を読みました。「男の子にキモいと笑われた帰り道、本屋さんで漫画を立ち読みしたら、主人公が鼻水を垂らして泣いていて、それを男の子が『ブス』って言いながら制服の袖で鼻水を拭いてあげるシーンがあって泣きました。そこばっかり何度も何度も読み返して、どうしても家に持って帰りたくて初めて雑誌を買いました」
その漫画には、きっと彼女が現実で起こって欲しかったことが描いてあった。何度も何度も読み返したのは、きっと現実でつけられた傷を漫画で癒やしていたからなんじゃないのか。
漫画は水や食べ物と違って、無くても生きていける存在のように見えます。でもそうじゃない。フィクションがこの世に存在する意味というのが確かにあって、人にはフィクションが無いと生きていけない時があるのです。
つらい時に寄り添ってくれる物語がこの世には絶対必要で、私たちはそのために寝る間も惜しんで漫画を作っているんじゃないのか。エンターテインメントと呼ばれる現実逃避の物語が人の心を癒やすのだとしたら、ヒットの部数というのは癒やした人の数なんじゃないのか。そう思ってからは、もう迷いなくヒットを作ることだけを目指すようになりました。
人を見つめ仕事で役に立ちたい
つらいことや忘れたいことの多い現実を生きる人たちが、読んだ漫画を楽しみにして、また次号の発売まで頑張ろうと思ってくれたらいい。そんな仕事をしていくことが私の目標です。そのために、読者たちの心に潜む「こんな常識イヤだな」といった小さな引っかかりには目を凝らしています。
例えば今は、SNSで友だちの数が世の中に見えてしまう時代です。友だちがいないと「いじめられている」と思われちゃうし、LINEで「既読スルー」をすると怒られる。1人でも多くのフォロワーが欲しいとやっきになって落ち込んだりもする……。そんな時代に、あえて「私、友だちいらないんで!」という漫画の主人公が現れたら、もしかしたらスカッとするかも知れません。
世の中には情報やデータがあふれていますが、私はただ1通のファンレターから時代の息苦しさを知ることがよくあります。そんな読者を漫画というエンタメの世界にしばし招き入れたい。ホッと息をつかせてあげたいんです。(談)