「人を喜ばせる創造を仕事に」
猪子 寿之が語る仕事―3
デジタルが消す産業の境界
古いジャンルに縛られず、頭を自由にする
大人が今、子どもや学生たちにしてはいけない質問があります。それは「将来どういう仕事に就きたいか?」と聞くことです。大人がアドバイスできる職業は、5年後、10年後には無くなっている可能性が大きい。なぜなら、ほとんどの産業にデジタルが入ってきていて、そのデジタルには業態の構造を変える力があるからです。「アナログのほうが良い」とか「デジタルは機械的で冷たい」とか、デジタルの本質を全く分からないで言葉を使っている人も多いけれど、若い人はその本質を知って仕事観を持って欲しい。
では、デジタルとは何かと言えば、「情報が、物質を介在させず、単独として存在できる」ということなんです。今のような情報社会になる前は、情報は目の前にあるリアルな物質を媒介としていた。例えば、油絵。人間にとって油絵はある情報で、伝えるためにはキャンバスと絵の具が必要です。でもデジタル映像は、絵の具などのリアルな媒介物質を使わずに人を感動させることができる、新しい手立てじゃないですか。
別の例を言えば、今までのスーパーマーケットは、土地の上に店を建て、商品がぎっしりと並べられ、従業員を雇って売るアナログの世界。物質の固まりです。しかしデジタルは、商品を情報としてパソコンの中に入れてしまえるので、ネット販売がスーパーマーケットと同じ用途になる。助かる人は、きっとたくさんいるよ。だから、新たに人の役に立ち、喜ばせる仕事が、デジタルによってもっと増える方法はないか。若い人はこれから、その人間臭い発想で知恵を絞って欲しい。
手を動かし始めよう
世界的になったグーグルは自室からスタートしたし、アップルもガレージから試行錯誤して始めている。新しい発想も、机の上のパソコンを使って自分たちで手を動かせば創れるというすごい時代になりましたよね。産業社会と違って工場などいらない。自由に何でも制作して、その創ったものを喜んでくれる人がいれば、それはもう仕事本来の在り方です。
僕たちチームラボは、以前にも話したように、今まであった全ての慣習やビジネス情報から隔絶した組織を作った。手元にあるのはデジタルの知識と技術、そして、やりたいことは何かということを突き詰める情熱だけです。そこから、人を楽しませ、感動させるすごい価値を生み出そうと考えた。
これから多くの産業、もしくは企業は、生み出す製品やサービス、そしてその存在自体が「人がアート的だと感じるようなもの」でないと生き残れない社会になると思う。「人間が本当に喜ぶこと」にデジタルテクノロジーを使って挑むなら、言葉や理屈じゃないんだよね、頭で考えて理解するものを通り越し、もっと深い所に届いて共感できるものを創り出すことです。
でも、僕たちは孤立はしないですよ、もちろん。企業の仕事を一緒にやって、社会と接点を持つのはとても楽しいし、僕たち独自のアート作品を見て歓声を上げる人がいると本当にうれしい。おおテンション上がってるなと(笑)。チームラボが、一つの業種でくくれないのは当たり前なのですが、最後になる次週に野望をお話ししますよ。
出典:2015年6月21日 朝日新聞東京本社セット版 求人案内面