「人生は切り開く価値がある」
伊藤 真が語る仕事----4
志には、原動力が宿る
あなたの力で何をしたいのか
司法試験の受験対策だけではなく、憲法の理念を伝え、合格後を考えて自分なりのぶれない軸を持つ真の法律家を育成したいと、私は新たに私塾(現・伊藤塾)を立ち上げます。1995年36歳、未踏への挑戦であり、人生を懸ける受験生に本気で向き合うため、私は弁護士資格を手放し退路を断って、新たなメソッドの開発に一から挑みました。
一方で最先端の技術を採り入れ、2004年には日本でもいち早くインターネットでの授業配信を行います。他方で、法律は議論の学問ですから、少人数で討論する場を数多く設け、カウンセリングなど個別指導も徹底します。かなり汗を流しました。その結果、当塾の司法試験合格者数は飛躍的に伸びていき、圧倒的な合格実績をキープしています。特に法学部以外の学生や社会人など多様なバックグラウンドを持つ人への支援を強化してきました。
私は塾生たちに、少数派や弱者の人生を想像し、共感できる能力をこの塾で鍛えてほしいと思っています。塾生には恵まれた環境で育った人も多い。貧困や障害、ひどい差別などで苦しんだ経験が少ないのです。ですから彼ら彼女らに「スタディーツアー」として沖縄を訪問する機会を提供したり、中国や韓国を訪問した際には戦争被害者の人に直接話を聞く場を設けたりしました。また、多様な現場で活躍されている人から学ぶ「明日の法律家講座」は320回を超えます。
アメリカでロースクールの学生とディスカッションさせた時は、司法試験に合格して、もうゴールしたと安心している塾生たちが、相手の学生から「日本の安全保障をどう考えていますか?」などと聞かれ、答えに窮してショックを受け、自分の未熟さを客観視できるようになりました。中には司法試験合格後でも弁護士にならず、外資系企業を経てアメリカのビジネススクールを優秀な成績で卒業し、帰国してネットの保険会社を起業した塾生もいます。
大切なのは、努力して得た仕事力をこれからどう使うか、何をして社会に貢献したいか。それを真剣に自分自身に問い続ける姿勢ではないでしょうか。
「きれいごと」が本質と知ろう
私は、一人ひとりの志や夢が社会を変えていくと信じています。「もし自分が全能の神だったら何をしたいか」と考え、プロフェッショナルとしての生き方を描いてみてはどうでしょう。まず、与えられた役割をしっかり果たし、自分と社会、世界へのビジョンを持つ。そして最後は、他者のために自己の最善を尽くしきる。これを徹底するのは本当に大変ですが、それを目指すのが本来のプロの仕事力ではないでしょうか。
28年前、志を抱いて塾を立ち上げた頃、やっていることは理想論だ、きれいごとだとずいぶんたたかれ冷笑されたものです。それでも法律家には、理不尽を許さない覚悟とぶれない軸、そして弱者に寄り添う想像力、共感力がなくてはならないと言い続けてきました。塾生たちには、私のその思いが少しは届いているようです。別の道に進んだ伊藤塾同窓生から、かつての教えが役立っていると言ってもらえることは大きな喜びです。
どんな職業に就いても、理想を忘れない。それが、社会の幸せの総量を増やすことにつながっていくに違いないと信じています。(談)