「『圧倒的努力』をしろ」
見城 徹が語る仕事―1
SNSだって正面突破だ
やるからには真剣勝負
僕は有名無名に関係なく、生きているという意味合いにおいては誰しも同じ重さだと思っています。政治家や著名人が世の中を動かしているわけではな い。むしろ名も無き人たちの、小さな無数の営みが歴史を作り上げてきたわけです。そういう人たちの息遣いに耳を澄ますことができなくなったら、僕は編集者 としても一人の人間としてもダメになっていると考えます。
友人の藤田晋と堀江貴文から、有名無名の垣根を取り払ってやり取りできるトークアプリ「755(ナナゴーゴー)」に参加し て欲しいと頼まれた時、正直、乗り気ではなかった。でも、やるからにはどんな人とも対等に向き合おう、届いたコメントをむげにしたりはしない、真剣に、精 いっぱいの言葉をちゃんと紡いで返そうと決め、始めてみました。
僕は普段から「正面突破に勝る道なし」と公言している通り、どんなささいなことでも真正面から正々堂々と立ち向かわずにはいられない。逃げたくない。だから名前も顔も見えないSNSだからといって、表面的なその場しのぎの返答はしなかった。
コメントを書き込むのは若い人が多く、大半が仕事の悩み。「こういう先輩に対処するには?」「職場で認められるには?」と いったヤワな質問には「そんなことは自分で考えろよ」と厳しく答えました。ただ、僕から「短いコメントはダメだ」と言っていたので、その後に必ず何かしら 一言加える努力もした。叱る時は真剣に叱った。そういうことを可能な限り、7カ月間やり続けたわけです。
1日3時間以上を755に費やし、その間は大好きな新聞も本もほとんど読めなかった。でも、それがいつしか評判になり、 「自分の人生の中で一番衝撃を受けた」「涙が出た」と感想を言ってくる人が増えていきました。そんな具合にダイレクトに反応があることが面白かったから、 何とかやり切ることができました。
紙媒体、インターネットはどうなっていくのか
ネットは、拡散スピードも紙媒体より断然速い。例えば「人生って何ですか?」という質問があった。そんなのは簡単には答えられないので即興で「人生 は野菜スープ」と40年前のヒット曲のタイトルを書いたんです。そうしたら瞬時に「見城さんの返しがステキです」と返ってくる。その曲を知っている人たち からも反応がある。ネットはそのスピード感が実に面白かった。
でも同時に思ったのは、ものを深く考える時に強いのは、やはりローテクの新聞、書籍というメディアなんだということ。特に 新聞にはいろんなニュースが混在しているので、自分の知りたいことが全体の中でどういう位置づけにあるのかを捉えつつ、考えを巡らすことができる。そこが まさに新聞の深さ。ネットは即時性があるけれど、ニュースも単独に飛び込んでくる感じで全体像が見えづらいから、ものを考えるにしても浅いところでとど まってしまいます。
そんな中、僕は図らずも軽いコミュニケーションが主流のSNSで、重くて深いトークをやり遂げてしまった。結局、血肉を注ぎ、身を削るように「圧倒的努力」をすれば、どんな状況でも、どんな媒体でも人の心は動かせるっていうこと。それを僕が立証したわけです。
出典:2015年5月10日 朝日新聞東京本社セット版 求人案内面