「青臭く仕事の原点を問おう」
國松 孝次が語る仕事―2
他業種の「プロ」も知ろう
どんな業界にも仕事の職人がいる
警察に入庁してから10年ほどは現場にいましたが、立場は全く違うのに常に仕事上で付き合いのあったのが新聞記者でした。最近は、「知る権利」と言われて何が何でも全部情報公開しろと圧力が掛かりますが、しかし捜査というものは、真犯人を捕らえることが最重要です。状況を知っているのは被疑者と警察だけとして、なるべく秘密裏に進めると一番真相に達しやすい。
だから警察捜査で最も困るのは、「抜かれる」こと。捜査でやろうとしている行動を新聞記者に見抜かれ、特にスクープ記事にされると実に痛い。現場では記者とけんかばかりしていましたよ(笑)。もちろん、やり取りには私なりにルールがあって、「うそは言わない。しかし捜査に影響を及ぼす事実は漏らさない。ミスリードは絶対にしない」と肝に銘じていたのです。私の自宅前に、夜討ち朝駆けで記者が待ち受けていることなどは日常茶飯事でしたが、このルールは守り通しました。
家族にとっては実に迷惑千万な記者の夜討ち朝駆けですが、寒い冬の夜中に熱心に通って来る記者を自宅に招き入れて酒をくみ交わすこともありました。とりとめもなく人生のいろんな問題について話すうちに、中には馬の合う人がいる。互いに仕事の内容は別にして、働くことに対する姿勢そのものに共感することが多いのです。
真の新聞記者は「裏を取る」、つまり、見たこと聞いたことが事実かどうか、自分で徹底的に調べ尽くしてからじゃないと仕事に使わない。これは警察も同じです。人づてや、どこかで読んだ二次情報は判断材料にしないなど、揺るがない哲学を持っています。効率が悪くても、時間や経費が余分に掛かっても、あやふやな情報の山から本物を探し出す「職人」たちでした。
自分の物差しを大きく持っていこう
仕事のプロとして徹底していこうとすれば、必ず組織の基準や規制とぶつかります。それは警察でも企業でも同じことだと思いますが、私も、現場を離れて、部下に仕事をしてもらう立場になってから、その間に立つ中間管理職の大変さを実感するようになりました。組織の規律も分かる、それを曲げられない。しかし、現場での柔軟な判断がどれだけ重要で、また大変かも分かるのです。
スクープが生命線である新聞記者と、それをされては事件解決に支障を来す警察、これも構造的には同じですね。利害対立はどこにでもあり、一人ひとりの出世願望もあることでしょう。そういう利害環境に誰もが放り込まれることを熟知していた上司が、まだ私が新人の頃に教えてくれた句があります。
「魚一連、あざみの下を通りけり」。私たちを小魚に例えながら、群れの先頭に立つのは誰だとか、本流はこっち、支流はどっちと探り合いながら泳いでいるが、小魚の目には岸辺に咲く鮮やかなアザミの花は見えていない。上司はこう言いたかったのでしょう。「自分の出世にあくせくするのは狭い小魚の了見。与えられた自己の仕事を大局観を持って感じよ」と。
自分の仕事は社会のほんの一部、しかし欠かせない一部。だから、良き社会実現のために自分の仕事を見つめて欲しいのです。(談)