「アートは営み、デザインは知恵」
中山 ダイスケが語る仕事--2
学びの枠を打ち破れ
教育の場も変化していい
時代が変わると、仕事や人との関わり方、家族の在り方など様々なものがアップデートされます。大学教育も同じ、昔のやり方では通用しません。にもかかわらず、2007年に僕が教授として招かれた当時の東北芸術工科大学は、デザインを学んだ学生全員を一流のデザイナーにすることが当然という偏った幻想を描き、昔ながらの教育を実践していたのです。それによって大切なものを見失っているように感じました。
そもそも、美大、芸大を出てそのままプロになる学生はそれほど多くない。何も、伝統ある一流の美大と同じ教育をする必要はないのです。なぜなら、デザインはこれからの社会を生きる全ての人に必要な「リベラルアーツ」というものだからです。そう標榜(ひょうぼう)していた僕は、芸工大へ来た当初から美大の枠を打ち破るべく新しい教育に挑戦しました。
まず、一般的な美大の教え方を根底から一度壊し、新しいカリキュラムを組んだのです。世界の様々な国で学んできた第一線の現役クリエーターも積極的に呼び入れました。それは、未来に目を向けたプロと学生が一緒になって、「次」を予測しながら失敗を恐れずに試せる教育環境、それこそが必要だと強く感じていたからです。
デザインは全ての生活に通じる
アートやデザインのことはよく分からないという人がいますが、実はどちらも生活の中にあるものです。
アートは営み。誰の中にも備わっています。例えば「朝、窓から見える山の景色がいつもより美しい」「今日はコーヒーがおいしい」という気づきこそがまさにアート。美術館に飾られている作品だけがアートではありません。ちなみにこの生活の中の小さな気づきを掘り下げ、絵や彫刻、小説といった形にして永遠に残そうとするのが作家であり、アーティストと呼ばれる人たちです。
一方、デザインは思考。すなわち生きる知恵です。見た目を飾ったり、モノを売ったりするための手段だけではありません。生活の中に工夫やアイデアが生まれると、それがデザインです。出かける時にかばんに何と何を入れておこうかと考えるのもデザインですし、政治家が社会の仕組みとその運用を思い描くのもデザイン。このようにデザインは社会や生活の至る所にあるものなのです。
しかし多くの日本人は、アートやデザインが何かを学ばないまま大人になってしまいます。本当はそんな機会が小学校の授業であればいいのになって個人的には思います。おそらく国語、算数、理科、社会にデザインを加えたら小学校教育は成立する。デザインには道徳や倫理も入るんです。「仲間外れを生まない」というテーマでホームルームをデザインすれば、組織やコミュニケーションの在り方というものが学べます。社会で生きていく上で大事だと思うことをみんなで学ぶ教育は、全て「デザイン」という授業でくくれるんですね。
アートとデザインはこれからの社会に確実に必要な能力でしょう。これらを身につけることで発想力豊かな「柔らかい人」になれると思います。芸工大は社会に必要な能力としてのアートとデザインを学べ、それを仕事や生き方につなげていける大学でありたいと考えています。(談)