「手渡されたチャンスを糧に」
齊藤 太一が語る仕事--3
夢を見失わないために
どうやって初心に帰ればいいか
建築と自然を大きく融合させる、今で言うランドスケープを構築するジャンルを仕事にしたい。それはまだほとんど先達のいない職種だと10代で直感し、「日本には齊藤がいる」と言われるような新たなガーデナーになるという夢を抱きました。
独学で学び始め、高卒で「生花」と「プランツ」の店を経営する東京の会社に就職。独自に植物全般から建築までも勉強しながら体験を積んでいきました。そんな中、都会的で華やかなフラワーアレンジメントで名高い勤務先では、ぜいたくな注文が引きも切りません。人が美しさに歓声を上げる瞬間には高揚感があり、僕も制作に魅了される年月でした。
ちょうどITブームなどもあった頃で、カッコ良さや豪華さを競っていた時代です。気がつけば僕は、植物をアレンジメント用の「モノ」として扱っていた。いつの間にか、植物や自然を建築と融合させるという夢から外れていたんです。これでいいはずがないと、改めて10代の頃に衝撃を受けた本を読み返したのですね。その中の一冊が竹村真一著『宇宙樹』。人間の暮らしや文化は、化粧、繊維・染色、冠婚葬祭、庭や建築、芸術などおおよそ植物を根本にして積み重ねられてきたとあるんです。僕が仕事を決めた原点はこれだったと、再び衝撃の稲妻が走りました。
でも、都会の真ん中で何をしたらいいんだろうか。人の暮らしはこれほど植物に支えられてきたのだから、未来に良き自然を残したい。しかし、いきなりアカデミックな話をしたって誰も共感はしてくれないでしょう。その当時、僕は社内でグリーン、いわゆる緑の植物を扱うプロの部署も軌道に乗せていたので、それなら、身近な植物を楽しむようなものを始めてみてはどうかと社長に新しい提案を持ちかけました。「次の未来では、自然の大切さを感じてもらえるような植物を扱うビジネスに切り替えませんか」って。
今思えば、この提案もまだ漠然としていたかも知れません(笑)。会社はフラワーアレンジメントが主力商品ですから、社長の答えはノーです。そして「君がグリーンの部署を買い取って独立したらいい」という流れになっていきました。僕はまだ二十七、八歳の勤め人。葛藤が始まりました。
信じる未来と現実の板挟み
花のアレンジメントを主力として業績を上げている会社ではありましたが、グリーンの部署を支持してくださるお客さんも増えていく手応えがありました。何より、これからの暮らしにグリーンはきっと役に立つと信じていたので、築いてきたこの部署を無くしてしまうのはいかにも残念でした。本当は僕一人だけでポーンと飛び出してしまいたかったというのが正直な気持ちでした。
今、僕と同じように、まだ理解されにくい未来のことを考えて頑張っていらっしゃる方もいるでしょう。その途中で迷いを感じた時に、最後のよりどころとなるのは、本当に人が求めていることは何かという直感に集約されるのかも知れません。僕は、グリーンや自然が大切だという自分の直感と未来を信じて、まだ30歳にも満たない身ながら、スタッフを含めたこの部署の譲り受けを決断しました。(談)