「故郷から本気で世界を狙う」
トリル・ダイナスティが語る仕事--3
魂を伝えるのは熱量だ
音楽で勝ち上がる覚悟をした
ヒップホップ楽曲の作曲家と音楽プロデューサーとして、海外と日本のアーティストに曲を提供しています。DJを経て、当初は音符が読めず楽器も弾けない状態で鍵盤にドレミのシールを貼り、オリジナル曲を作っていました。そして、曲が認められ成功するには直接ヒップホップの本場アメリカに送ったほうが早いと考えて、好きな作曲家のSNSに楽曲と、「一緒にやりたい」というメッセージを添え、1日に20曲近く送ることもありました。
有名な人にはおそらく全米、いや世界中から売り込んでくる曲がガンガン届くのでしょう。最初は既読マークもつきません。でも本気を分かってもらおうと、およそ300曲は送り続けた頃、ムークという作曲家が「根負けしたよ」と彼のSNSで紹介するチャンスをくれました。1年ほどかかりましたが、ヒップホップ界で信頼されている彼のコネクションを通して急速に仕事が増えていきました。
送り始めた当時は、「アメリカで生まれたヒップホップの魂を日本人が分かるのか」と相手にされないことは予想していました。だから「こいつは本気だ」と感じてもらうには、曲の数はもちろん、魂を込めた表現が最も重要だった。僕は電子機械を使わず、下手でも鍵盤をたたいて自分の内面を響かせようとしましたが、そのわけはそこにありました。この熱量が、どれだけ音楽で勝ち上がりたいかという覚悟を伝えたと思います。
アメリカの音楽チャート「ビルボード」で賞をもらったあと、僕のSNSにも世界各国から常に数百もの曲が送られてきますが、機械でいくら鍵盤の音そっくりに加工しても、不思議なことに楽器と向き合っていないことは分かってしまう。送られてきた時に知りたいのはヒップホップの曲を作ることに本気かどうかなんです、数も含めて。1日1件さえ送ってこないなんて、睡眠時間削ってやってる?と思ってしまう。頑張ってるつもり、だけでは突破力は生まれないと思います。
裏方として自分を強くしたい
アメリカへ直接自分の曲を大量に送り続けたやり方や、ヒップホップの本場で賞を取ったことで注目されたけれど、言ってみれば色々プロセスをはしょって今があるというだけです。アメリカにはビルボードで何十回もトップを取った人も多い。僕はまだ大したことをやったという自覚がないので、世間から過大評価されている気がしています。感謝はしているけれど浮かれてはいません。
かっこよくステージに立つ若いラッパーとは違って、作曲は指先と鍵盤が愛し合って音楽を生み出す息の長い仕事です。人に左右されることなく、ずっとこの裏方ポジションで貢献できる生き方をしていきたい。音楽作りに携わる裏方って、ある意味では面倒見のいいドンのような存在じゃないかと思うんです(笑)。
ヒップホップ音楽をやりたくて仕方がない仲間や、はじかれて故郷に居場所がない若い人が思う存分に活躍できる場を作りたい。だから僕は、名前をトリル・ダイナスティ、つまり「本物の王朝」としたのです。(談)