挑んでみることで気づく、自分のまだ知らない資質
みずみずしい感性で人間ドラマを描く映画監督として、数々の映像作品を手掛けてきた篠原さん。現在公開中の最新作『起終点駅 ターミナル』でも、心を閉ざした男女が一歩を踏み出すまでの姿を、静かに滋味深く描き上げている。
「きっと誰にでも、忘れられない悲しい過去というものがあると思う。でも、そのことにとらわれ過ぎていてはいけない。自身と向き合い、そこから次の段階へどう自分を進めていくか──。そんな普遍的なテーマに挑んだ作品です」
映画監督を目指したのは学生時代だ。将来、自分に何ができるのか。悶々(もんもん)と悩んでいた高校時代、米国映画『タクシードライバー』を観(み)て衝撃を受けた。「自分の行動で社会って動くんだということを学んだのと同時に、そんなふうに思わせてくれる映画って面白いな、と」
大学生になると、当時の邦画に新風を巻き起こしていた森田芳光監督たちに刺激され、映画監督になりたいと強く思うようになった。
とは言え、監督になるために何をすればいいのか全く分からない。「漠然と、監督ならフリーランスで生きることになるだろうから、自分で道を開拓するしかないと思い、助監督見習から始めました」。ただ、そのまま助監督で終わらないための努力も必要だと考え、自主映画を撮っては、監督への登竜門となるコンテストに応募していた。
やがてそのコンテストで受賞し、1993年には映画祭で大きな賞を獲得、これをきっかけに自作の劇場公開を果たすこととなる。以来、家族もの、恋愛もの、時代劇、ミステリーなどジャンルを問わず様々な作品に挑んできた。実は篠原さん自身は社会的な問題を扱ったものが好きなのだが、実際に撮るのはファンタジーや人間関係の機微を柔らかく描いた映画が多くなっているという。
「依頼された仕事は、どうしても難しいと思わない限り基本的には断りません。求められたものとの出会いによって、自分のレールの方向がどんどん変わっていくのが面白いんですね。意外に僕は、リアルな日常や身近な人間関係を描くのが好きなんだなってことも、いろいろな作品を手掛けさせて頂いてきた中で分かったことでした」
自分には縁がない、興味がないと思っていた仕事が来ても、まずは挑戦してみる。そこに新たな展開や心の変化が起き、今まで知らずにいた自分の資質に気づくことができる。篠原さんの仕事への向き合い方が、そう教えてくれる。
(11月10日掲載 井上理江=文 南條良明=写真)