毎日1ミリ前進すれば1年で相当、成長できる
本藍染めの産着、陶器や漆器の、乳幼児でもこぼしにくい器。伝統産業を担う職人と共に、乳幼児向けの日用品を開発・販売している若き起業家、矢島さん。
中学の茶華道部で日本の伝統文化に魅了され、大学時代には各地の職人を取材した。「いずれも先人の知恵だけでなく、職人の生き様、心意気が詰まっていて、これは本物だと惹(ひ)き込まれました」
一方で厳しい現実にも直面する。伝統産業の衰退と後継者不足である。取材で理由を聞くと、「若い人に認知されていないか ら」と。ならば、どうやって伝えればいいのか。考え抜いた末、「本能で心地良いものを感じられる、感性豊かな乳幼児の時期から『ホンモノ』に触れていれ ば、大人になっても使い続けてくれる。それが伝統を次代へつなぐことになると思ったのです」。
子ども用としての機能を重視しつつ、長く愛用してもらえるよう大人にも愛されるデザインにこだわる。尊敬する職人にも妥協を許さず、自身が「これなら大丈夫」と納得するまで試作をお願いする。
大学4年時に起業して5年目。最初は知名度が低くなかなか売れなくて資金繰りに苦しむこともあったが、「ダメで元々だし、社会が必要としてくれるなら続けられる。それにまだ20代、本当にダメだったらやり直せばいい」と「楽観」と「緊張」で心を支え、乗り越えた。
「私は失われた20年、つまり経済活動の限界を見て育った世代。そのせいか働くことはお金や地位だけではなく、生きがいや存在価値を得るためのものと感じています。仕事の軸も三方良し。私たちも職人もお客様も幸せになることが一番の目標です」
逆風もいつかは追い風になる、毎日1ミリ進めば1年で着実に前進できると考える。「自然と共に生きる職人たちと接する中 で、そんな感覚も養われていきました」。ほれ込んだ世界へ素直な気持ちで足を踏み入れた。その一歩があったから、人生で自分が本当にやるべきと思えること が見つかった。
(4月20日掲載、文:井上理江・写真:南條良明)
出典:2015年4月20日 朝日新聞東京本社セット版 求人案内面