声には人間性が出る。気持ちを入れて伝えよう
昨年5月に定年を迎え、37年間アナウンサーとして勤めた放送局を退職した。「最後の日、思い出したのは楽しかったことばかり。完全燃焼した満足感と感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました」
幼い頃からラジオを聴いて育ち、アナウンサーを志した。念願かなって放送局へ入社したものの、待ち受けていたのは男尊女卑 の世界。「報道がやりたい」と言えば「生意気だ」と一喝され、同局女性初の全国ネットニュース担当になった時には男性記者が「俺の原稿を女の声で読ませる な」と。
「それでも理不尽な差別に耐えたのは、長年の夢を実現できた喜びが勝っていたから」
日本一のアナウンサーになりたくて、無理を承知で米国の3大ネットワークの名キャスターを目標にし、日々階段を上るように努力を重ねた。「今の若い人たちは2、3年上の先輩を目標にしますが、それは、最初に乗り越えるべきハードルでしかないんですよね」
仕事には必ず責任が伴う。だから苦しいことの方が多かったが、「この仕事が好きだから頑張れました。苦しみの中に時折、達成感や喜びを見いだせるのがうれしくてまた頑張って。その繰り返しでここまで来ました」。
そんな吉川さんがいま力を注いでいるのが後進の育成だ。全国のアナウンサーの指導に努めたいと語る。
「声の強弱をつけてといったうわべだけのテクニックを磨くのではなく、何をどう伝えるのか、その都度しっかりと考えて ニュースや情報を届けるのがアナウンサーの仕事。自分の笑顔を見てほしいなんて言っているようではダメなんです。自分の声で人を救えることもあるんだとい う意識と責任感を持ったアナウンサーを、もっと増やしていきたいと思っています」
声は人格そのもの。その人の品性や生き方がにじみ出るという。「どんなに正しい発音や言葉遣いでも、気持ちが入っていなければ空虚に響くだけです。心から届けようと意識してほしい。そうすると、伝わるものってがらりと変わりますよ」
(5月18日掲載、文:井上理江・写真:南條良明)
出典:2015年5月18日 朝日新聞東京本社セット版 求人案内面