「劣勢をひっくり返すのは着眼」
佐藤 オオキが語る仕事―2
制約で鍛えられた発想力
ミラノでデザインにときめいた
今でこそ、この仕事が面白くて仕方がありませんが、実はデザイン会社をつくることになるとは夢にも思っていませんでした。大学時代には人に頼まれて貿易商のような仕事をしましたし、大学院時代もやはり頼まれて人材派遣の会社を始めたりして、大学院の研究室ではデザインの勉強を満足にはしていない状態でした。
僕の大学院修了を機に、デザイン業に集中するためその派遣会社も解散。イタリアでミラノサローネという世界最大級の家具見本市が開かれる時期だったので、手伝ってくれていた5人の仲間と一緒に卒業旅行と称してミラノを訪れました。
あまり期待もしていませんでしたが、すごく面白い! それまで僕は、デザインや建築は一部のアカデミックな人のものであり、難解な言葉で論じ合う閉じた世界だと認識していて、それに違和感を持っていたけれど、そこでは家族連れがデザイナーと楽しそうに触れ合い、お年寄りも気軽に話しかけているのです。街が活気であふれていました。
僕たちは、デザインの価値や可能性にときめきました。いつか日本もこうなっていくんじゃないか。そんな漠然とした期待を抱いて、その場にいた6人でデザイン事務所をやってみようよと決めたのです。デザインのプロは一人もいないのに(笑)。いつかミラノに出展者として戻ってきたいと、その場にいる仲間と同好会が発足したような感じのスタートでした。
事務所は6畳足らずで、冷暖房もないうちのガレージ。新しいビジネスを精鋭部隊でやるんだというモチベーションがみなぎっているわけではなく、「何か面白いことができたらいい」というゆるやかな起業です。もちろん資本も設備もないゼロからのスタートでしたが、楽観的な僕はとにかく毎日試行錯誤することを楽しんでいました。
劣勢、トラブルが発想を生む
初めて請けた仕事は、中学校の同級生からの依頼でした。都心から外れた街でフレンチレストランを始めるから改装を頼むと。それが本当にボロボロの一軒家で、厨房(ちゅうぼう)と客室全部の改装予算が150万円ほどしかない。解体だけで予算が飛んでしまうので、頭を切り替え、改装は諦めてお客さんに見せたくない部分は隠そうと、馬喰町でキャンバス地を200メートルほど購入してきました。
テーブルや椅子は廃棄に近い家具を探してきてその布で包む。壁も全て同じ布で覆い、残った布を切ってメニューや案内状、ショップカードまで作りました。そして布地「canvas」を店名に。話題になりました。これ以降も、厳しい条件や数々のトラブルを抱えた仕事ばかりで鍛えられました。
たとえ限られた予算や苦しい条件でも、何とか知恵を絞れば道がある。そんなふうにピンチをチャンスに変えていく力がデザインの本質だと思います。いまだに、予算はあるからもっと格好良くして欲しいという依頼より、「うわっ、難しい。これは他の人が頼まれたら困り果てるだろうな」という仕事の方が燃えます(笑)。きっと営業やサービスなど他の様々な仕事でも、追い込まれてからが本番で、劣勢は面白い。そう考えて、違う視点を持って欲しいと思います。(談)