「無理しても頑張る」
蜷川 実花が語る仕事―1
大好きな写真が仕事に
コンパクトカメラの自由!
父が演出家で、表現することが当たり前の環境に育ちました。私もその影響を受け、中学生の頃からコンパクトカメラを手にして写真を撮り始めたんです。
シャッターを押せば好きな写真が出来上がるのが本当に楽しくて、友人と一緒にファッション写真を撮ったり、一人でカメラを提げて気になる情景を撮ったり。そこに焼きつけられるのは私の気持ちの動きそのもの、という面白さに夢中でした。高校1年で一眼レフカメラを買い、アートっぽいからとモノクロ写真も試したりして、数多くの写真を撮りました。
ただ進学はどうするか。取りあえず画家はどうかなと美術系の予備校に通い、そこで私はもう一人の自分を発見してしまった。それまでは学校の成績や点数なんて自分の人生には関係ないと思って生きてきたのに、予備校では、自由に描いていいはずの絵に点数がつく。そういうことなら負けたくないわと思って、自分でも意外なことに高得点を目指して努力を始めました。
「高校卒業までは子役などするな、自分のことはゆっくり考えろ」と育てられたので、今までほとんど縁のなかった、学校で徹底的に教えられる授業の影響が大きいことに気づきました。絵を描くにはこうしたらいいんだと教えられて、とにかく私は一生懸命にそれを学び続けたのです。
買わなくても写真は撮れる
ところが、私は自分で思っていたよりもかなり生真面目な性格だったようで、美術系の大学に入学してからも、予備校でしっかりとたたき込まれた教えから抜けられなくなってしまいました。
現代美術のキュービスムやシュールレアリスムのような発想で描いてみようとしてもできない。石膏(せっこう)デッサンで習得したように、プロポーションはこうで、ここに影をつけてといった基本から、自分の表現とは何か探し当てるというところまで届かない。
絵の基礎や、自分は負けん気だと知ったことは無駄ではなかったけれど、私の場合は、大好きな写真を習うために大学へ行く必要はないと思ったのです。「私が感じるままに押してその感情が写り込むなら、そのままいけばいいんじゃない」と。ちょっと光が足りないとか、ぼやけているとかも、私が良いと感じるならそれでいいのではないか。
今までだって自由にシャッターを押してきただけなのに、すごいねとか、個性的だとか、人から褒められてきた。その好きな写真の世界が手元に残っているんだから、こっちでいこうと。とにかく圧倒的に写真と相性が良かったんだと思います。やっぱりクリエーティブって、自分がいいと思ったことを責任をもって表現するしかない。のちに映画を撮った時にも、「あんなのは映画じゃない」とひどく言われましたが、「私の映画」にするための頑張りはやり尽くしたと、自分を信じて進みました。
写真を習っていないし、独学で果たしてものになるのか、不安がなかったわけじゃない。でも仕事は、その無理を承知の上で無理をするからできるんだと思うんです。(談)