「実現したい社会を考え続けよ」
松尾 豊が語る仕事--1
期待されるがゆえの混乱
人工知能は今、どの辺りか?
2、3年前から、人工知能(AI)という言葉を目にしない日はないほどになりました。メディアやインターネットはもちろん、家電売り場などでもAI搭載と表示された商品が数多く並んでいますね。
しかし、報道されるニュースや市場の出来事の中には、様々な技術がごちゃまぜになっています。最近の革新的にすごいもの、もうすぐ実現しそうなもの、あるいは既によく使われているものなど技術的な大きな幅が一くくりにされ、更には実現しそうもない夢物語を「AIならできる」と言っている場合もあります。大きな可能性を持つ技術であるのは確かですが、社会全体でその内容を理解する力を上げていく努力が必要でしょう。
1980年代、僕が小学生の頃にはポケットコンピューターを使って、自分でプログラムを作って遊んでいました。まだパソコンは高価で普及前でしたが、自分が作りたい世界が何でも作れそうなコンピューターに無限の可能性を感じました。AIを知ったのはだいぶ後、大学3年生で研究室を選ぶ時です。AIの研究がどのくらい進んでいるのかと調べてみたら、案外進んでいなかった。であればチャンスだと思って選んだのです。
「人間の知能をモデル化する」という人工知能研究の歴史は長く、始まりは50年代です。ブームが来たり冬が来たりが繰り返されてきました。僕がAIの研究室に入った時期はちょうど冬の時代でした。
最初の研究は、推論という人間の思考プロセスを模擬したような研究でしたが、それよりもたくさんのデータに何か可能性があるのではないかと感じていました。博士課程に進んだ2000年ごろには、企業のPOSデータを始め、今で言うビッグデータ分析の研究を盛んに行いました。
では、今はどう動けばいいのか
僕は大学でソフトボール部の監督をやっていたのですが、今から20年以上前の当時、選手をデータ、つまり数字で評価する意識を持っていました。チーム内の選手は、実力があるなしは練習で分かるのですが、それが試合で出るとは限りません。それがあまりきちんと管理されていない。そこで、できるだけ感覚にとらわれないように、直近の打率などの数字だけを基に打順を決めていました。
11年公開の映画『マネーボール』はデータを使った野球で有名です。「セイバーメトリクス」という統計学的なデータ分析手法を基に、経営破綻(はたん)寸前の球団が、潤沢な資金で勝ち続ける球団に勝利する物語ですが、それと似たような考え方を当時からやろうとしていました。
ウェブから社会全体のデータを集めることができれば、それを分析し、意思決定に活(い)かせるのではないか。ツイッターの情報だけから、地震が起きたかどうかを検知するという世界初の研究を行ったのは10年ごろです。この論文はこれまで世界中から約4千回近く引用され、僕の研究の代表作の一つになっています。「ソーシャルセンサ」という概念を提案し、ソーシャルメディア上の一般の人からの発信をデータとして集め、分析することの可能性を示したものになりました。
僕は以前から、データをきちんと集め、それを分析し、意思決定をすることの重要性を意識してきました。今となっては多くの人が理解している概念ですが、日本の中ではまだまだきちんと行われていないと感じます。企業の意思決定でも、国の意思決定でも、データを活用できる余地はまだまだ大きいはずです。(談)