仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「人生の後半戦も、僕らしく」
大江 千里が語る仕事--1

就職活動

やりたいことが残ってる

40代でふと立ち止まった

クラシックピアノを習い始めたのは3歳の頃です。豊かな心を育てるような指導をされる先生で、僕が少し飽きてきた頃合いに「スイカの曲を作りましょう」などと自由に弾かせてくださる。テーマは「誕生日」だったり「あじさい」だったり。幼心にも作曲は楽しかった。小学4年生でポップミュージックに目覚め、5年後にはヤマハポピュラーソングコンテストの関西四国沖縄決勝大会に出場と、音楽がいつも日々の真ん中にありました。15歳の頃に出会ったジャズも大好きでした。

大学の入学式の日には、うまいと聞いていた軽音楽部の部室に直行。アマチュアバンドとして自作曲を演奏し、ライブハウスにも出演していました。2回生在学中にスカウトされ、プロとして本格デビューしたのは1983年。走り始めると、業界の流れは想像以上に速い。ヒット曲が出る度にライブの規模が大きくなり、すぐに新しい曲も求められ、チャレンジすることが次々とやってくるんです。忙しくてもやりがいのある音楽人生で、あっという間に年月が過ぎていきました。

ただ40代になった頃から、よっしゃと気を入れて「大江千里」になろうとしている自分を感じていました。今思うに、僕の手掛けていたポップスの胸キュンのラブソングというのは、恋する二人に起きる初めての出来事がほとんどです。例えばポケットの中で指と指が触れたとか、相手の目の中にともった星を数えるとか、そういったドキドキは18歳の頃に集約されている。でも30代、40代になると、その表現までいくための飛距離が遠くなります。

もちろん、プロとしての技術や引き出しは増えているから、それを活(い)かして作れる部分はある。または、大人として思いを深める作品にもできる。そのせめぎ合いでずっと作ってきてやりがいもあるし、これからも続けていけると思ってはいたんです。そんな45歳を過ぎた頃、映画音楽の仕事や、役者として映画の主演などのオファーもあって、まだまだ面白い仕事はできると期待を持って続けていました。

自分の目の奥が読めない

ところがある日、街を歩きながら大きなショーウィンドーに映った自分の顔に、あれっと思いました。目の中に、マトリョーシカのような重なり合う人形が見える。どこかピントが合ってない感じというのでしょうか、自分の目の奥を読み取れない。そしてなぜか、あと3年で50歳だ、その時僕はどこで何をやっているか分からないけれど、底抜けに豪快に笑えるような人生を送っていたいと強く感じました。

その直前ぐらいに身近な人の死が相次ぎ、命には限りがあるという事実を受け入れなければならなかった。僕の人生だって1回きり。それをどう使うのかを真剣に考えていた時期でもありました。やり残したことは何だろうか。もし、赤いちゃんちゃんこを着る還暦の年でも「シンガー・ソングライター大江千里」として満面の笑みで歌うためには、きっと越えなければいけない関所が幾つもあるだろう。しかし一方、全く別のことを学ぶとしたら何がある? あっ、好きなジャズをやってない、気持ちにフタをしたままだと思ったのです。学ぶならニューヨークにあるジャズの専門大学を目指したい。こうして僕の心は動き始めました。(談)

おおえ・せんり ●ジャズピアニスト、音楽プロデューサー。1960年大阪府生まれ、関西学院大学卒業。在学中にシンガー・ソングライターとしてデビュー、多くのヒット曲を生む。2008年ジャズ留学のためニューヨークに渡る。12年自身のレーベルを設立、初アルバム「Boys Mature Slow」でジャズピアニストとしてデビュー。現在もニューヨークを拠点に活動。最新アルバム「Boys & Girls」。19年1月にコンサートツアーを予定。
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