仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「人生の後半戦も、僕らしく」
大江 千里が語る仕事--2

就職活動

ジャズの奥深さに戸惑う

どんな望みも遅いことはない

大学卒業と同時にプロのシンガー・ソングライターとしてデビューし、およそ25年間、ポップスの音楽活動を仕事にしてきました。しかし40代も後半を迎えて、ふと、やり残したことはないかと立ち止まり、大好きだったジャズを学ぼうと決心したのです。

魅了されたのは15歳の頃に聴いた、ジャズボーカリスト、クリス・コナーのアルバムでした。くぐもったハスキーな声、「ドゥドゥドゥディアー」などと歌う独特のスタイルの魅力。それは悲しみと喜びというような二つの感情を表現しているように感じ、僕もやってみたいとジャズの教則本で勉強も始めました。片や同時期に、プロのシンガー・ソングライターの登竜門となるコンテストに出るチャンスも巡ってきていました。詞もまだまだ勉強したいし、デビューもかなえたかった僕は、ジャズをいったん脇に置き、そこから長い年月が経ったのでした。
 
そして40代で改めてジャズを学びたいと思い立ってから、僕の行動は早かった。以前から憧れていたニューヨークのジャズ専門の音楽大学の入試にトライ。演奏のデモテープを送り、リポートも書き、合格通知を手にしたのは2007年10月でした。ところがその年の12月には、ロングランのクリスマスコンサートが決まっている。留学への経緯はマネジャーにもずっと秘密にしていたので、それはもう恐る恐る話しました。「合格したから、すぐにでもニューヨークに行きたい」と。
 
2カ月後にコンサートを控え、あらゆる準備が進んでいる時期でした。自分でもむちゃを言ってるなと覚悟していたら、彼は「行っておいでよ」と思いがけない返事をくれた。この2、3年の僕の変化を感じていたというのです。コンサートの中止など後の始末はしておくからと。「ええっ、いいの? 止めてくれないの?」と思わず言いましたけど(笑)。一つの仕事を真摯(しんし)にやり続けて50代に差し掛かる頃、僕らはこれからの人生を深くのぞき込む。それを分かってもらえる時代なのかも知れないですね。

どうすればジャズになるの?

合格通知からわずか2カ月後、08年の初めに僕は47歳の学生になり、幾つかのレベル分けテストを受けました。40人近い同期はほぼ20代か30代前半。テストはまず和音を聴き取る試験から、短いピアノ曲を聴き取って譜面に左右の手の音符を書き写す試験などなど。そしてジャズの名曲をその場で弾く実技や、英語のレベルチェックなどが次々と。緊張しすぎたのか、2日目の試験は寝坊して遅刻という失態をやらかしました。

クラスメートは世界中から命懸けで勉強しにきていて、緊迫感に満ちています。驚いたことに、多くの生徒がいとも軽々とジャズを演奏する。レベル分けテストが終わって知らされたのは、僕が25年間やってきたポップスと、ジャズは音楽の中で異なるジャンルだということでした。先生から「リズムの刻み方や体のノリが違う」と言われたけれど、僕には理解できなかった。

生徒の成長のためにと先生が僕に放った一言。「ジャズを本気で学びたいなら、いったん血液を入れ替えるようなことをしないと」。きつかった。ジャズって何だろう?と突き落とされるようなスタートでした。(談)

おおえ・せんり ●ジャズピアニスト、音楽プロデューサー。1960年大阪府生まれ、関西学院大学卒業。在学中にシンガー・ソングライターとしてデビュー、多くのヒット曲を生む。2008年ジャズ留学のためニューヨークに渡る。12年自身のレーベルを設立、初アルバム「Boys Mature Slow」でジャズピアニストとしてデビュー。現在もニューヨークを拠点に活動。最新アルバム「Boys & Girls」。19年1月にコンサートツアーを予定。
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