「失敗や恥では死なない」
出雲 充が語る仕事--2
懸ける、ミドリムシに
奇跡の栄養食品を探し続ける
大学1年時に訪れたバングラデシュで、私は食料問題とは栄養問題でもあるということを知りました。カロリーは十分でもビタミンやミネラルが足りないと健康を損なう。しかし新鮮な野菜や肉を流通させ、保存する方法がほとんどなかった。解決のために農業学をと考え、私は文系学科から農学部に転部して農業構造・経営学を学び始めます。そしてその傍ら、植物性と動物性の両方の必須栄養素をバングラデシュに届けられるような食物はないかと手当たり次第、文献に当たりました。歴史をさかのぼり、権力者たちが探させたという不老不死の食物まで調べ尽くしましたが見つけられません。
もし存在するなら誰かが発見しているはずです。もう本当に奇跡のような食物はないのだろうか。寝ても覚めても同じことを言う私に、ある時、農学部の友人が「ミドリムシがそれに近いんじゃないですか。植物と動物の間のような生き物ですから」とつぶやいた。衝撃でした。だってミドリムシなら中学校の教科書にも出ているほどなじみのある生物です。確かに体内に葉緑素を備えているから光合成で植物性の栄養素を作る。しかも自ら動く性質があり、動物性の栄養素も作るはずだ。
それならなぜ利用できないのか。理由は培養ができないからでした。ミドリムシは自然界にたくさん生息しているけれど、いざ培養となるとあっという間に他の微生物の餌になって全滅してしまうんです。既に多くの研究者が挑んだ、培養できない5億年以上も前からの奇跡の生物。どれくらい培養できるのかを調べてみると、月産で耳かき1杯というわずかな量でした。ミドリムシを培養できれば地球上でもう培養できないものはないと言うほど。でももし実現できたら、食料・栄養不足の10億人とも言われる人の助けになるのです。もちろん、ミドリムシ培養がうまくいくとは思っていなかったけれど、自分の人生だから、ほれ込んだミドリムシに懸けてみたいという気持ちを抑えられなかった。
日本のミドリムシ研究の火は消えかけていましたが、ミドリムシを教えてくれた友人がまさに天才肌の研究者であり、その力を借りて何とかしようと彼を巻き込み、私たちは日本中のミドリムシ研究者に教えを請うことを決めた。ただやっぱり、周囲から見れば無謀なコンビだったでしょうね(笑)。
挑戦に失敗しても死にはしない
大学卒業後、私は銀行に入りました。でもやっぱり、ミドリムシに時間を割きたい、栄養問題に貢献する仕事をしたいと1年で退職しました。
「本当に成功するの?」とどれだけの人に聞かれたことか。私にもミドリムシが成功するという確信など全くありませんでした。よく「うまくいくと思ったからベンチャーを起こしたんですよね」と言われますが、違います。ただ行動をしたいと思ったのです。誰もが手放してしまったけれど、こんな素晴らしい生物の可能性が本当にゼロなのか。自分が納得したかったんですね、笑われても馬鹿にされても。
人はチャレンジして失敗して恥ずかしくても、死ぬことはありません。だからみんな簡単に「失敗したらおしまいだ」って言うけど、生きてます。失敗しても大丈夫、また歩けばいいだけですから。(談)