「実現したい社会を考え続けよ」
松尾 豊が語る仕事--3
若者に挑戦の場が必要だ
「事業のセンス」を身につけよう
「自分の力を客観視し、負けない領域で仕事を選んでいくこと」。若い人にはそう伝えたい。僕自身の場合、力が発揮できるのは、知能とは何かという洞察に基づき、次に重要になる技術の研究をすることなので、その強みがブレないように心がけています。
でも今の時代は、学者としていい研究をするだけでなく、産業界を巻き込むという努力も必要です。産学連携という言葉は以前からありますが、学術の世界で長く続けられた研究の成果が、産業界に移転されて社会にインパクトをもたらすという「直線的」な形は変わってきていると思います。少なくともITや人工知能(AI)の分野では、学術の最先端の研究はほぼ産業と一体となって「ぐるぐる回りながら」相当なスピード感で進んでいます。
このような産学の密な連携とイノベーションの創出を支えるのは、新しい技術を身につけ、挑戦的な心を持った若者です。しかし日本では、優秀な若者が挑戦する仕組みがまだまだ整っていない。例えば米国のシリコンバレーでは、新しい構想を持った若者が、大学の教授に起業できるかと気軽に相談します。教授自身も起業経験がある人が多く、成功している人もたくさんいますから有意義なアドバイスができる。そして、投資するベンチャーキャピタルを始めプロフェッショナルが助けてくれる仕組みも整っています。
私の研究室の周辺では、起業する学生が増え、たくさんのベンチャーが生まれ、大きく成長する所も出始めています。そういう企業の様子を観察していて思うのが、事業を大きくするには優れたセンスが必要ということです。当たり前のことなのですが、世の中にビジネスパーソンはたくさんいても、自ら事業を作り、それを大きくできる人はごくごく一握りです。そしてそういう人たちは、現状の技術や将来の市場についてお互い意見交換をすることで、高い確度で事業を成長させ続けることができます。
大学からの起業が成功するには、技術を持った学生や研究者と、「事業のセンス」を持った人たちがうまく出会う仕組みが必要だと思います。あるいは技術を持った若者に、こういったセンスを少しでも身につけてもらうような仕組みをつくる。起業には失敗もありますが、典型的な失敗となる要因をつぶし、自分の能力を「メタ認知」することで成功確率を上げることが可能だと思います。
起業も選択できるように
僕が最も望んでいるのは、大学の優秀な学生が起業か就職かを当たり前に選べるようになることです。米国のスタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)を始め世界の大学では、最も優秀な学生層は起業を選択肢に入れます。日本の優秀な若者が、技術を身につけ、事業の構想を練って起業し、努力して、周りの応援を得ることで高い確率で成功する。そういう道をつくりたいと思っています。
もちろん、社会全体で見ると、多くの人は企業に就職しますし、地方の中小企業や、国を支える省庁にも優秀な人が行ってもらわないと困ります。ただ、今の日本ではイノベーションが求められている。新しい時代をつくり出すのはいつの時代も若者です。そして起業というものが、日本の中で優秀な学生にとっての当たり前の選択肢の一つになって欲しいと思うのです。(談)