「その好奇心に力は潜んでいる」
丸 幸弘が語る仕事―2
科学を広く世の中に
科学には底力がある
大学で学問の面白さに目覚めた僕は、大学院の農学生命科学研究科へ進み、マメ科植物と根粒菌の研究を続けていました。研究は面白く、ずっとこのまま大学に残りたいという誘惑もありましたが、ビジネスに落とし込めなければ世の中で役立つ使い方ができないとも考えていました。
その頃僕は、東大と東工大の学生が立ち上げたビジネス・ラボラトリー・フォー・スチューデント(BLS)に所属し、理工系学生のネットワークを作ってイベントを仕掛けたりしていたのですが、やっぱりみんな大企業の内定をもらうとそちらに向かってしまう。研究して独自に「宝」を追い求めてきたのに、そのタネは袋に入れたままで芽が出ない。せっかくの科学の知識が、世の中に知られずに大学に残される現実が残念でなりませんでした。
2000年初頭にはITバブルが弾け、製造業も停滞。その頃から「科学技術立国日本」「知的財産立国日本」といった言葉をよく耳にするようになりました。確かに日本には技術も知財も他に負けないほどストックはあると思うけれど、それを活(い)かす土壌がなく、広く流れていっていない。科学技術は面白い、必ず世の中を良くできる、それを伝えていこうと、僕は学生の研究者の仲間に働き掛け、日本初の研究者による先端科学の「出前実験教室」を始めました。15人で会社を立ち上げビジネス化。対象は小中高生です。
何て遠回りな発想だと散々言われました(笑)。ベンチャー企業が学校に入っていくのは大変で、社員がそれぞれ母校に掛け合い、本当にコツコツと積み上げてきたんです。子どもは正直で、専門用語や分かりにくい理屈には遠慮なく「分かんない!」と言ってくる。興味を持ってもらうにはどうするか、理解は得られたか。みんな苦労して伝え方を学び、それが後のコミュニケーション力になっていきました。
「個」ではなくチームだ
中高時代に友人たちと、廃棄された部品からバイクを組み立てて走らせていた経験がありますが、僕は学生時代にバスケットボールでもチームの力を活かすことに集中しました。副キャプテンでしたが、選手の身長や動き、得意技を見てメンバーの起用に采配を振るい、自分はほとんど試合に出ませんでした。その結果、県大会への出場を勝ち取った。僕はチームが勝てることにとことん力を注ぎ、最後は一緒に喜べれば満足なんです。この立ち位置は起業してからもずっと変わりません。
仕事について「個の時代」だと声高に言われていますが、本当にそうでしょうか? ただ一人、自分だけの能力でかなうことは知れている。科学の世界では、熱(エネルギー)がなければ化学反応は起きないことを誰でも知っています。だから熱を与え合うチームが重要なのです。僕には起業の仲間を集めるために心した三つのコツがあります。ビジョンをはっきりと伝えることが最も大事ですが、さらに1.できないことがあるから助けてくれと自分の弱点を言う、2.いつも笑顔でいる、3.責任は全て自分が持つと約束する。
そして今もスタッフに「来るなら本気で来いよ」と言います。君の全力の熱を持ってチームに新しい価値を加えて欲しいって。より良い社会を作る課題を一緒に解決したいですから。(談)