「その好奇心に力は潜んでいる」
丸 幸弘が語る仕事―3
「孤独」さえ科学の課題に
人とつながる、幸せの技術
僕たちは、研究者と共に最先端の科学技術に関連した新しいビジネスを次々と仕掛けていますが、ビジョンは「科学技術の発展と地球貢献を実現する」。何か怪しいと思われるかも知れないけれど(笑)、取り組みは真剣で、斬新で具体的です。
例えば、自分の分身となる人型の小さなロボット「OriHime」。その開発者の吉藤健太朗さんと初めて会ったのは、僕がアキレス腱(けん)を切って入院していた病院でした。吉藤さんは直接病室に来て、社員旅行直前のけがで身動きが取れない僕に「寝ながらのあなたに代わって、出掛けられるロボットです」と説明された。ロボットが社員と同行すれば、僕もスマホを通して様子を見ることや音声のやり取りができるという。そこでロボットを同行させ、旅の臨場感を味わい、病室から社員にメッセージも伝えられました。
なぜ、彼はこのロボットを作る研究を続けてきたのか。それは小学5年から中学3年まで病気がきっかけで不登校となり、引きこもる疎外感と孤独に苦しんだからだそうです。人と会えないことに強いストレスを感じ、ロボットで自分の分身を作れば少しは孤独が解消されるのではないかと考えた。
彼が設けた課題の素晴らしさは、自分の話し相手としての「閉じた」ロボットではなく、「孤独を抜け出す」という社会のテーマにまで深く踏み込んだことです。自分が本当に求めているものは何か。それを追求して「大切な人や社会と切り離されていたくない」という人間の心を知り、そこにアプローチしてきた。人間の能力を肩代わりして効率を追求するロボットや、人工知能(AI)とは異なる方向なのです。ベッドでの日常を余儀なくされる人や認知症の方、その他多くの人に新しい可能性を届けられると思います。
その宝を埋もれさせない
吉藤さんのように「熱」「知識」「志」を持った研究者、そして開発した「宝」は、日本中の大学や企業に眠っていますが、たぶん、ビジネスの土俵に上がらなければ眠りっぱなしになる可能性が高い。それこそが大きな日本の損失だと僕は考えています。研ぎ澄まされた知は、どこへたどり着けばいいのか。
僕は自分の役割を「知識プラットフォーム」と定義しています。例えば吉藤さんのOriHimeをビジネスとして走らせるために、必要な人材、資金、協力者などを集めてベンチャーの起業を実現する。もちろんサポートを続け、彼の事業を広げていきますが、欲しいのは稼ぎではありません。彼を通して社会に貢献することなんです。
あなたの周囲には、数字を重視する20世紀型タイプの上司や教育者がまだまだいるかも知れませんが、その考え方に違和感を持ったことはないですか。それはなぜなのか。自分が願う未来はどのようなものなのか。とにかく青臭く、素直になって本気で向き合ってみて欲しいですね。
そのためにはインターネットに近寄らないこと。僕もIT活用技術をわざと切断して仕事をしています。何時間、何日間検索したって出てくるのは、他人が言葉や映像にした過去の情報だけ。そこに並んでいるのは自分のナマの言葉ではありません。これからの仕事は、世の中に埋もれているリアルな課題探しから始まると思います。(談)