仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「新しい価値を見いだす仕事へ」
五十嵐 美幸が語る仕事--3

就職活動

ゼロリセットを恐れない

自分の息詰まりをごまかさず

思いがけなく22歳で「料理の鉄人」という、料理対戦のテレビ番組に出演しました。放映後の「すごい!」という反響には戸惑うばかり。自分の店では「期待に応えなくては」と昼夜を問わず頑張り続け、体の不調に見舞われても、「女性だから仕事が甘い」という偏見に負けたくないと自らを追い詰めてしまいました。そうしてやがて、好きだったはずの料理がつらい仕事に変わっていきました。

料理人の集まる会などでは「大した腕もないのに」と皮肉られることも度々でしたが、いつも料理界の先達が「気にするな、自分が信じる料理を作っていけ」と励ましてくださった。「美幸、笑顔をなくすな」とも。その応援がどれだけ支えになったか分かりません。しかし、私が目指すヘルシーな中国料理は、共に店の厨房(ちゅうぼう)に立つ父とは相いれないままです。やりたいことを押し殺す年月が数年も続いていきました。

あれは30歳を過ぎた頃です。ある料亭の女将(おかみ)から忘れられない言葉をもらいました。「まず、あなたが幸せになることが一番でしょ。幸せでなければおいしい料理は作れない」と言うのです。

ずっと料理だけに挑む人生でしたから、急に自分の幸せなんてと迷うばかり。でもふと、10代の頃に料理修業で師匠につきっきりになって書いたメモがよみがえりました。「人生は一度必ずゼロになるタイミングが来る。それを受け入れるかごまかすか。受け入れてスタートする時が、本当のあなたの人生1歳なんだよ」と。夢中で仕事と生きてきた途中で、誰にでも立ち止まる日というのが来るのかも知れませんね。

それならゼロになってみよう、自分と向き合ってみよう。ずっと親と歩いてきた私は、ついに無一文で実家を出て友人からお金を借り、一人アパートで暮らし始めます。好きな時間に起きて、好きな所へ出かける。ああ、これが自由というものかとやっと分かった(笑)。でも、2、3日遊ぶと料理が作りたくて仕方がなくなるんです。道具がないので大きな中華鍋やフライパン、そして食材を買い、その大荷物を担いで電車で友人宅や出張料理に出向き、自分の思うままに料理するという喜びを実感しました。

心から納得できる道を

それからも友人たちに助けられ、中華鍋を抱えての出張料理や料理教室などで働き、貯金を続けて約1年後に小さな店舗を借りました。実家や、そのお客さんに知られないようにこっそりとオープンし、私の店の地元にだけチラシをポスティング。自ら望んで働くと全く疲れず、ただ楽しい。自主性は本当に大事ですね。

念願だったのは、女性が一人でフラッと入れて一人でも楽しめる中国料理。毎日食べられて体に負担をかけない、野菜などの食材をふんだんに生かしたメニューを中心にしました。何のために料理を作るのかと言えば、おいしく食べて健康になって欲しいから。こうして広東料理、四川料理などのジャンルを決めない「美幸流」を提供していきました。

自分が人生を懸ける仕事には、「なぜやるのか」「誰のためか」ということを問いかけなくてはいけない。その答えに自分が納得できた時、力が湧いてくるのだと思います。(談)

いがらし・みゆき ●中国料理店「美虎(みゆ)」オーナーシェフ。1974年東京都生まれ。東京都立農業高校食品製造科(現・食品化学科)卒業。小学生から実家の料理店を手伝い、高校卒業後、正式に調理場に立つ。97年フジテレビの番組「料理の鉄人」に当時最年少の22歳で出演し、「中華料理界の女傑」と大きな注目を集めた。2008年に店を開業。野菜を多用した新しいスタイルの「美幸流中華」が高く評価され、各方面で活躍を続ける。
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