「たとえ、前例はなくとも」
井上 純子が語る仕事--2
公務員一人PRへの挑戦
自分らしく、戦力になりたい
高校卒業後に北九州市の職員として入職し、窓口業務などを担当しながら若くして3児に恵まれました。「戦力にならない」と言われながらも、仕事と子育てを両立させていく中で、残念なことですがシングルマザーに。それでもケースワーカー業務などに奮闘し、数年後、私は新しいチャレンジをしたいと希望して観光課へ異動します。
市の仕事は多岐にわたっています。その中で観光課は、土地の名産や見どころ、祭りやイベントなどのプロモーションを担って、観光客を誘致するのが役割。企画が勝負という側面もあり、会議ではほとんど「何かいいアイデアはないか」というのが議題です。この部署は、私より一回り年齢が上の経験豊富な男性ばかりで、ママ職員はゼロ。でも、私だって戦力になりたい。その一心で、「君の意見はとっぴだね」と言われながらも、とにかく思いつくままに企画案を連発していました。希望して来たからには、ここで引けないという思いがあったのです。
そんなある日、上司から「井上さんがコスプレするのはどうか」という提案が出てきました。その背景には、かつてハロウィーンの仮装コンテストで私がグランプリを取ったからという前提がありました。キャラクターの選定は任せるから、地元をPRするコスプレをやってみないかと。周囲は「井上さんはセクハラされている」とかなり心配してくれました。今までも、公務員が数人で地元の名前入り法被を着て特産品を配るといったPRはありました。しかし、公務員の女性がただ一人コスプレをして表に出ていくという前例はなかったと聞いています。
この時、周囲の心配をありがたく思いながらも、役に立てるチャンスが来たとポジティブに捉えることにしました。そして、市のイメージや観光に直結するキャラクターを自分で探し始め、バナナのたたき売りの発祥地である門司港のキャラクター「バナナ姫ルナ」を見つけました。原作のイラストは、バナナを髪やドレスに配した愛らしい姫。観光課のベテラン男性陣の中で、これはただ一人私だけが貢献できる仕事だと、思いきったのです。
作られていったキャラクター
コスプレ予算は、布や飾りの材料を買えば消えるほどわずかでしたから、頭につけるバナナの飾り物2房の制作やウィッグの染色は自ら行いました(笑)。私の母や子どもたちは、またママが変わった遊びを始めたのかと笑っていましたが、地元のメディアに出た時、「これって仕事だったの」と本当に驚いていましたね。
こうして異例の業務はスタートしました。でも、市のPRですから、どんな取材を受けても答えるのは事前に決められた内容だけ。例えば3児の母であることは伏せるようにといった指示がありました。コスプレは、珍しい取り組みとして驚きと好意を持って地元からも受け入れられましたが、想定以上に個人へフォーカスする結果になっていき、事実を正直に話せないという苦しさも抱えながらの業務となりました。
そんな私を踏ん張らせたのは、「自分にしかできない」という責任と喜びだったと思います。(談)