「たとえ、前例はなくとも」
井上 純子が語る仕事--3
本気で地元に貢献したい
やると決めたらトコトンやる
北九州市役所に入職し、仕事と育児に精いっぱいの日々の中で、この業務は大きな挑戦だと感じたコスプレでの地元PR。それは「バナナ姫ルナ」の姿をして、地元の見どころや名産、イベントなどを紹介することでした。キャラクターは、バナナのたたき売りの発祥地・門司港にちなんだイラストが原作。わずかな予算でコスチュームを作り、一人で人前に立つ仕事が始まりました。
公務員女性がコスプレをするというギャップのある行為は、やはり地元やメディアの注目を集めました。取材の件数は日を追うごとに増えていき、当初の観光課の目的だったインパクトは短期間で実現することができたのです。これで十分だろう、予算もないし井上さん個人の負担も大きいしというのが課内の空気でした。でも私は「せっかく地元のPRに貢献できているのなら、やれるところまでやります」と言っていました。自分の仕事が明確に与えられている。ならば行けるところまで行ってみようと決めたのです。
一発目の花火はうまく打ち上がりました。その後は珍しさだけで終わらせないことが課題です。上司と相談しながらとにかく何か仕掛けていこうと、動画制作、キャラクターの商品化、イベントなど多くの企画を打ち出していきました。でも、PRの仕事はまだ未熟だったので、試行錯誤を重ねながら恐る恐るという感じでしたね。それが一つずつ効果を出し始め、テレビやネットなど全国規模の取材へとつながっていきました。
ただ、メディアが取り上げてくれたという喜びと共に、やはりその陰で苦しい面もつきまといました。3人の子どもたちと過ごす時間はどんどん減り、週末も業務で各地へ出向く日が続きます。市外へのPRということで、地元からの出演依頼に全て応えることができず心苦しかったこともあります。ヘトヘトになって帰宅し、ほころびたバナナ姫の衣装を真夜中に繕っている時など苦しくてたまりませんでした。日常業務もきちんとこなしていましたが、一人だけ目立つ私は違和感があったのでしょう、職場で弱音を吐ける仲間もいませんでした。
1年8カ月、孤軍奮闘の宝物
もうこの辺でやめようと何度思ったか分かりません。でも、凝り性の私はどんなことでも突き詰めてしまう性格で、提案した企画が役立ったかどうか見届けたいという思いも強かった。子どもたちに笑顔を向ける余裕もない仕事との格闘でしたが、それでもコスプレ業務は1年8カ月も継続することができました。
頑張りの支えは地元の人たちの応援です。公務員が個人で市のPRのために身を削っている。そんなストーリーがメディアを通じて流れ、本当に多くの方から「ありがとう」という声を頂きました。バナナ姫が取り上げられる度に名所や名産品が伝わっていく、感謝していると。この観光競争の時代にあって、地方の活性化がどれだけ大切か、誰もが肌で感じているに違いありません。
また、ある時自宅で「もうやめようかな」とつぶやいたら、まだ幼い長男が「そしたら北九州が忘れられてしまうよ」と心配そうに問いかけた、その顔も忘れられない宝です。(談)