「現実を丁寧に生きて働く」
片渕 須直が語る仕事--4
人間の本質を描きたい
時代や国を超え人は変わらない
「自分自身の作品」を持つという道を開きたい。そう思い続け、長い年月を経てようやく完成した作品が映画『アリーテ姫』でした。「自分らしく生きていない」という気持ちを抱くアリーテ姫が、閉じ込められたような環境のその壁をどう乗り越えていくか。それは当時の私でもあり、この作品は誰かの救いになるはずだという執念を貫いて完成させました。そしてやがて、お客さんたちが「もっと多くの人に見てもらおう」と上映に力を貸してくださるようになっていったのです。
2016年公開の3作目の映画『この世界の片隅に』でも、制作側の想像を超える多数のお客さんから応援を受けました。こちらが考えるよりも、お客さんが求めている世界はもっと広いといつも痛感します。
『この世界の片隅に』は七十数年前の第2次世界大戦時が舞台で、軍港があった広島県呉市に嫁いできた若い女性・すずが主人公です。原作者は漫画家のこうの史代さん。映画化に向けて二人でトークイベントを行った時に、多くのファンが駆けつけてくださった。「今まで本当に孤独だった。こんなに応援してくださる方がいたのですね」とは、こうのさんの言葉。私も同じ思いでした。
すずと家族は戦時下の一日一日の暮らしを淡々と生きていきます。夫や兄を戦地に送った不安を抱え、戦況は悪化し、物資や食料は極端に減っていく。それでも、その時点ではそれ以前の時代からの惰性なのかも知れないけれど、普通の生活を営み続けようとする。そういう当たり前な人間の姿を事実に即して描きたかった。
上映の機会には180回近い舞台あいさつに行きましたが、それはお客さんに会いたかったからです。上映後の握手会では、どれほどの方が自分や家族の話を聞かせてくださったことか。若いお客さんが「祖母の気持ちが分かった」と顔をほころばせたり、ご年配の方が力強く手を握ってくださったり。
どんな時代でも、人は自分の境遇を精いっぱい大切に生きているんだということが伝わったら、本当にうれしい。4作目となる『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では、前作では取り入れきれなかった「人生」を加えて描いています。
千年前の気持ちも現代に
今、私たちは2020年を生きています。世の中はいつも動いていますし、もちろん考え方も変化している。ただ、昔の人の心と現代人の心にはどれほどの違いがあるでしょうか。日々の喜びや悲しみ、苦労やあるいは嫉妬などの中で、千年前の人たちはどう過ごしていたのでしょうか。私は、次回作の主人公をおよそその千年前の人にして、その暮らしや気持ちを追いかけ、描いてみたい。
そのようにして、心を広げ、「自分以外の他人の心」への視野を大きくしていけたらいいですね。アニメーションというエンターテインメントを楽しみながら、自分も親たちも、そして子どもたちも、時代を超えて同じ気持ちを持っていると、ふと気づいて欲しい。
私たちのほとんどは、社会のヒーローでもヒロインでもありません。ただ、自分の人生では主人公であり、自分らしさを求めていいのだと伝えたい。そう考えることこそ、大切なのではないでしょうか。(談)