仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「ハードルは山より高くとも」
菊池 康弘が語る仕事--3

就職活動

無謀でも映画館を造る

他者が知る我が町の価値

俳優として生きたいと10年近く様々に努力しましたが、思うように役をもらうことはできませんでした。ある時、素晴らしい舞台を見てとても自分の居場所はないとやめる決心をしたのです。やがて飲食業の働き先を見つけて店長を任され、そこで自由にお客様の料理リクエストなどに応えていくうちに手応えとやりがいを感じ、故郷の東京都青梅市で焼き鳥店を開業しました。
 数年後、店も従業員も地元から愛され順調にいくつか店舗を出した頃、僕は地元に恩返しができないかと思い始めました。そして、よくお客様から聞く「昔、ここ青梅には映画館が3館もあった。今は何もない」という話にヒントを得て、「そうだ映画館を造ろう」と。そう決めたら気持ちが止まらなくなりました。僕はできるかできないかを悩む前に動き出してしまう性格です。行動の中で問題解決の道は開けるとばかりに、迷ったら全部の可能性の扉を開けてみたい。
 何年もついてきてくれている従業員たちは、言い出したらやり抜く僕を熟知しているので(笑)、「店は任せてください」と自由にさせてくれたんですね。動き始めた理由の第一は、レトロな手描きの映画看板で有名な青梅に興味を持つフランス人写真家、シャンタル・ストマンさんの存在を知ったことです。シャンタルさんは青梅の町の写真を発表し、30分ほどのドキュメンタリー映画としても海外に発信していた。そして「青梅に映画館を造りたい」という人だったんです。
 正直に言えば、海外の人がそう考えていたことが相当悔しかった。僕も含めて地元青梅の住人は、日常を暮らす町にそんな文化芸術的な価値があるとは思ってもいません。でも世界に向けて名のある雑誌にも紹介され、注目されていたなんて。地元に住んでいる人間が自分の町の魅力を伝えなくてどうする?と思い、シャンタルさんに会いに行き映画館の話を聞いてみたら、「私が造るから寄付して欲しい」と提案されました。
 先方の希望額は2千万円。その金額なら自分でやった方がいいと考え「僕が映画館を造ります」とよく調べもせずに宣言し、その場で断りました。実はそれが「とんでもない大誤算」の始まりだったのですが。

初めてなら教えを請いに走る


 町の活性化にも役立ちたいという思いで、まずタウンマネジャーに会いに行きました。その方は青梅で空き店舗の物件紹介をされていて、以前僕は漠然と映画館を造りたいと話したことがあったのです。今度はいよいよ本気でやりますと言ったら、すぐに紹介してもらえたのが国の登録有形文化財に指定されている旧都立繊維試験場の建物、八十数年を経た木造建築の洋館でした。
 町を見下ろせる緑豊かな高台にあって、JRの駅からも歩ける距離です。ただ、歴史的な建物のため外観は守らなければなりません。さらに、映画館にするための内装工事には厳しい規定があると覚悟しました。それからは、織物工場をリノベーションした山形県鶴岡市の映画館を訪ね、また、築百年以上の木造酒蔵を改修した埼玉県の「深谷シネマ」に話を聞きに突撃するなど、各地を視察し、先人の助言と応援と熱意を頂きながら奔走する長い日々が始まりました。(談)

きくち・やすひろ ●(株)チャス代表取締役、映画館「シネマネコ」創設・運営。1981年東京都生まれ。高校卒業後、俳優事務所を経て演出家・蜷川幸雄主宰の「ニナガワ・スタジオ」に入所。その後、俳優・上川隆也氏の付き人を経て飲食業界へ。2014年チャスを起業し、現在4店舗を東京都下で展開する。国の登録有形文化財である旧都立繊維試験場を改修し、青梅市に21年、映画館シネマネコを開館。
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