「ハードルは山より高くとも」
菊池 康弘が語る仕事--4
ゴールへの熱を冷ますな
気が遠くなるほどの着工準備
10年近い俳優生活をやめ、焼き鳥店を開業して数年後には複数の店舗を出し、恩返しとして故郷の東京都青梅市に映画館を造ろうと思い立ちます。その頃、フランス人の写真家が、レトロな手描きの映画看板で有名な青梅を撮影して発表し、映画館も造りたいと動いていることを知って、それなら地元民の自分がやると僕は決意しました。そして、青梅で国の登録有形文化財に指定されている木造建築の洋館風の建物を使わせてもらえるところまでこぎ着けたのです。
課題は限りなくありました。建物は八十数年を経た有形文化財のため改修は内部のみが条件でしたから、建築確認申請は本当に難易度が高かった。映画館や劇場など多くの人が集まる場は、耐震基準や消防法も厳しく、何十枚どころではすまない数の申請書を書き続けなければなりません。結局、許可が下りて工事に着手できるまで1年くらいかかり、また助成金の申請でも2年ほど必要で長い準備期間を要しました。
そして僕は、地元の力を結集して造りたかったので、ご縁のある設計士さん、地元の工務店さんなどでチームを組みました。しかし、映画館を造った経験は誰にもありません。まずは構造のプロを入れて基礎の部分からやり直し、耐震補強や防火対策を徹底することにしました。その上でロビー、映写室、スクリーン、観客席、音響設備、カフェなどをどうするかと皆で意見を出し合い知恵を絞りました。実に大変な毎日でしたが、乗り越えるハードルが高いほど楽しいとも感じましたね。
ただ、設計を続けている途中で「助成金が下りなかったらどうするんだ」という不安をチームは抱きました。これまでの仕事や努力が全て水の泡になるかもと半信半疑だったのでしょう。僕は完成のゴールを頭に描き、「大丈夫、たとえ下りなくともやります」と明言しました。そうしないとプロジェクトの熱量が下がると考えたからです。無事に助成金は下りたのですが、駄目だったら完成後の僕の負担額は1億円近くになる計算でした、助かった(笑)。
開けない道はないと思う
さらに映画館運営の難問は、映画配給会社からどうやって上映作品を仕入れるかでした。何も知らない業界なので電話をかけまくりましたがきっかけがつかめません。そこで、スタジオジブリの宮崎駿監督宛てに『猫の恩返し』を上映させて頂きたいと直筆で手紙をお送りしたんです。そうしたら何と承諾してくださった。これが突破口になり、そこから数珠つなぎに会える限りの人に会い道を開拓していきました。
数年間も格闘して出来上がった映画館の名は「シネマネコ」。織物で栄えた養蚕地の青梅では、ネズミを寄せ付けないように多くのネコを飼っていたという由来から。また東京都内で木造建築の映画館はただ一つ。今年6月の開業から、「楽しみが増えた」と多くの方に喜んで頂いていることが何よりうれしいです。
人を前向きにして喜んでもらうサービスがエンターテインメント。だから僕は、焼き鳥店も映画館も同じジャンルの仕事だと思う。その自分の立ち位置が分かっているからこそ馬力が出るのです。(談)