「恐れず新しい景色を見たい」
黒木瞳が語る仕事--4
頭の中に次の仕事を描く
時代の価値観に目を凝らして
俳優として多くの役を頂き、私も演じてみたい作品を探し続ける中で桂望実さんの小説『嫌な女』に出会い、主人公が、反発していた人から影響を受けて前を向いていく物語に勇気をもらいました。そして自分から提案し映画化構想の賛同を得て、脚本も進み始めたものの実現は難航。その時「この作品を最も理解している黒木さんが監督をしたら」という提案があり、経験もなく尻込みした私でしたが背中を押されて挑みました。
メガホンを握る監督は、その映画の全てを自ら判断して責任を持つ過酷な仕事ですが、刺激的でもありました。初監督作品を完成した時はもう心身ともに疲れたのに、また素晴らしい原作に巡り合うと頭の中で映像が動き始めてしまうんです(笑)。そして監督2作目は短編、3作目は内館牧子さんの小説『十二単衣を着た悪魔』を撮りました。
これは源氏物語に登場する、比類ない知性と諦めない行動力で息子を帝(みかど)にした女御(にょうご)が主人公。この時代に現代のフリーター男子がタイムスリップして彼女に触発されていきます。内館さんはこの女御を現代のキャリアウーマンのようにたくましく描いているんですね。人間の本質は変わらなくとも、時代の流れによって新しい価値観が生まれてくることを伝えたいと思いました。
この11月に公演予定の舞台「甘くない話」にも、表現したい時代の価値観が息づいています。私の舞台初演出の作品で、さて何ができるかと考えていた時、その少し前に厚生労働省の催しで対談した介護福祉士の方の話に思いが至りました。「現代は家族による介護が難しくなっています。ただ、介護を受けている方には他人には頼れないという気持ちがあります。でも他人でも頼っていいんです。私たちは、ありがとうと言って頂けることで本当にうれしいのですから」とおっしゃった。その言葉から、家族だけじゃない、他人と支え合う時代になった変化を作品に生かそうとひらめきました。このメッセージを抱きつつ、エンターテインメントとして私の大好きなアメリカのサスペンスドラマで、愛憎やコメディー、謎解きが詰まった「ツイン・ピークス」のような舞台を展開します。
たくましく次を追いませんか
私はずっと俳優であり続けたいと思っていますし、監督や演出の仕事にもかけがえのない可能性を感じます。この間、中東レバノンの映画を見たのですが、最後に残ったのは切なさと虚しさと涙でした。それでも、こういう人たちが世界にいると映画は教えてくれる。島国の中だけでものを考えるのではなく、世界が抱えている問題を視野に入れて表現するのもエンターテインメントの役割かも知れません。
だから、とても素晴らしい小説やテーマを発見すると、つい「これを映像化したいなあ」とマネジャーに言っては「黒木さんの役はなさそう」と苦笑されています。でも人を楽しませ笑顔にしたいという気持ちが強いので、これからもいいテーマを「待っている」のではなく「追いかけていく」姿勢でいたいと思います。
どのような仕事でも、もうここまでと自分で限界を決めないことが大切なのではないでしょうか。(談)