「今いる世界から抜け出そう」
山極 寿一が語る仕事--4
人間の幸せからブレるな
若者に託したい未来がある
人間が、誰かと付き合いたい、つながりたいという気持ちは、何万年も前から生物としての深い欲求です。一人では生きていけないと本能的に知っているからであり、テクノロジーがどれだけ進んでも、便利さだけでは決して満たされないものだと思います。例えばインターネット上でのフリーマーケットが盛んなのも、「物」を通じて価値観のつながりを確かめているからなのです。
そのつながりで最も大切なのが、会って話し、食事を共にすることであり、それが生物である人間として欠かせない究極の幸せでもあります。これからテクノロジーの進化を担うのは、生まれた時からネット環境で育った若者たちです。だから仕事などでテクノロジーに関わる時には、「人間の幸せ」を実現する方向からブレないか、それだけはいつも考え続けて欲しい。
例えば最近は、AI(人工知能)に人物評価や業績評価を任せる動きがあるようですが、人間が数値に換算されたらどうなるか。当然、仕事ぶりが数字になれば、次の業績目標も数字で引き上げられるでしょう。これがエンドレスになるのは苦しいですね。あるいは、業績はそこそこでも、社内の調整役として縁の下で貢献する人は、どう数値化しますか。
コンピューターは0と1で機能し、イエスかノーか、正解か不正解かで判断します。でも人間は常にその間で動いているアナログな生き物です。管理する側はラクかもしれませんが、そんなことにAIを使って欲しくないと僕は思います。
現在の賃金査定はAIに任せやすい仕組みです。そうなると金太郎アメみたいに人間の平均化現象が起きる。個性が失われ、やりがいがなくなり、イノベーションは起きにくくなるでしょう。デジタル化は情報を確定していく技術ですが、身近でも台風のような変動する自然の動きや、多様な人間の営み、生命の動きなど、アナログな自然界を全て予想することは困難です。だからこそ、テクノロジーと人間の幸せを両立させるための課題は大きいのですね。
自分の視点を信じて仕事を
日本の産業競争力が低下して久しいですが、主な要因に「リニアモデルの長期化」があると言われています。リニアモデルとは、単一企業内で「研究、開発、製造、販売」とリニア(直線的)に全てを手がけてしまうやり方ですが、そのためには年功序列、終身雇用が最適だったんですね。卒業と同時に就職し、この流れに乗ってずっと企業内にとどまると個の発想は取り込まれてしまい、ベンチャーも生まれにくかったのです。
でも今、日本中が変わろうとうごめいている。個々が自分の気持ちに沿った働き方を選び始めていると感じます。既に経済は国の壁を越えてグローバル化したけれど、各国の豊かな文化や暮らし方が本当の意味でグローバル化するのはこれからです。そのためにAIを生かして貢献する動きも育つでしょう。そんなとんでもなく面白い時代に立っているのです。
一人ひとりが自分なりの視点で歩んでいくと、いつか1本の木が森になるようにそれぞれの仕事が作用し合って、思いがけない高度で幸福な仕組みが誕生するかも知れない。僕はそんな可能性に期待しています。(談)