「新しい価値の根っこをつかもう」
中山 亮太郎が語る仕事--1
手を挙げ経験を蓄える
学びの場、社長の運転手
いくつかの社内事業を経て、2013年に当初はクラウドファンディングというコンセプトで「Makuake(マクアケ)」をスタートしました。その後、サポーターや実行者の利用実態に伴い「応援購入」という趣旨を掲げてマクアケの会社を経営しています。
大学に入学した頃は、まだ自分が携わる仕事についてはっきりしたイメージはありませんでしたが、20歳になったら、一度は家を出なさいと親に言い渡されました。家賃だけは出してもらい、自立のために生活費は自分で何とかしなければなりません。法律学科だったので弁護士事務所のアルバイトを始めましたが、相談に来る企業の新規事業や経営の話の方に興味が湧き、弁護士は向いていないかもと自覚し始めました。
大学は多くの起業家や士業職を輩出していて多様な価値観がどんどん入ってきます。また、IT起業家が注目を集めていた時代でもあり、いつかは自分も新規事業をという気持ちが強くなって、IT企業のサイバーエージェントを受験し内定をもらいました。その直後に同社社長・藤田晋の著書を手にし、起業するにあたっては営業力が必要だという言葉に触発されました。
まだ入社まで半年ある。自分も営業のバイトを体験しようと、レストラン検索サイトの運営会社で頑張りましたが全く売れない。飛び込み営業などもやり、営業の難しさを思い知りました。でも、新規開拓なしに事業は成り立ちにくいと理解できたし、営業が得意ではない自分にも気づきました。
サイバーエージェントに入社後、社長の運転手募集があり、起業家になるために役立つと直感して応募し採用されました。約1年間2、3人交代で週に数回、朝のお迎えに行き30分ほど社長と一対一になれたのです。新卒に運転を任せ、若手に時間を割こうという社長の心意気でした。僕らに目線を合わせ、ビジョンはどう浸透するのか、男女ともに活躍していくにはどうすればいいかなど多くの話を聞かせて頂きました。その時の心に残った教えが、今事業を担う僕の中で生きています。
まだ注目されない仕事で力がつく
運転手を務める以外は、自分から手を挙げて選んだ社内事業にほぼ99%携わっていました。それは当時の花形であったアメーバブログの立ち上げや広告の営業などの社を支えていく事業ではなく、社としてもまだ注力していない分野。だからこそ新卒数カ月で当時の社長室長と事業を立ち上げ、いきなりナンバー2のポジションから始められました。
この選択は大正解だった。プロジェクトの一つではメインプロデューサーを任され、責任が大きい役割で経験を積めたからです。僕は学生の頃から、自分に何が必要か、学ぶべきは何かということが知りたくて、新しい体験に貪欲であったようです。こうして4年、次は2番手ではなくトップでやってみたい、自分の会社を作りたいと、社長や役員、人事にもかなり意思表示をしていました。
できれば大きなインパクトを残したいとも思っていた。その実現は世界的な規模にある。でもまだ僕にはその事業化の具体的な世界地図がない。そんなタイミングで「ベトナムでの投資事業のトップをやらないか」と問われ、「行きたいです」と即答しました。(談)