仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「自分に根差した力を信じる」
根岸 洋明が語る仕事--1

就職活動

歯車が合わない悔しさ

自分の将来を描けずに焦る

ずいぶんと親に心配をかけた息子です。基本的に、言われたことを守れない。悪いことはしていないと自分では思うのですが、いじめられている子を守ろうと、いじめている相手を殴って問題になったりしました。ただ、親が怒ってもいつもニコニコしていたそうです。自分が良かれと思うことと周囲の反応が違って、ずっと歯車が合わなかったですね。
 
何をやっても中の中でしたが、やがてサッカーに出会いました。中学校に入った頃はリフティングが5回しかできなかったのに、一つのことを一生懸命にやる性質で、夏には1千回くらいできるようになっていた。高校はサッカーの強豪、前橋育英高校へ。サッカー部に入りましたが、全国大会に行けるようなレベルまで力がついても、活躍する同級生が多くて上に行けない。また、当時はまだJリーグもなく、サッカーを仕事にする可能性はほとんどありませんでした。
 
壁を感じて、ふと将来を考えたある時、俯瞰(ふかん)して見えたのです。「育英で活躍した10歳、20歳年上の先輩たちの今が、僕の10年後、20年後なのだ」と。サッカーの道を歩けるわけではない現実。僕はすごく焦り、何かを変えなきゃと思うのですが、どうしていいか分からない。どこにも持って行きようのない気持ちの表れから、何をしても中途半端になっていました。
 
その当時、レールを外れているように見えた僕に、多くの選択肢を提示してくれる人はいませんでした。今のように情報を検索するツールがあったら、自分が進む道を探せたかも知れませんが、15歳、20歳、そしてその後も僕はもがき続けました。
 
それでもありがたかったのは、家族が、小さい頃から心配をかける息子にしっかりと教育をし、見守ってくれたことです。特におじいちゃんは、頭が金色の孫が悪びれてやって来ても、いつも優しく接してくれました。その瞬間は、心の清らかな部分が大きくなるんですよ。「ヒロくん」と呼ばれていた小学生に戻るんです。ずっと僕を信じてくれているんだと伝わってきました。

社会に出ても、迷走は続く

大学を卒業してファッション企業を選んだものの、特に深い意味はありませんでした。幼稚園の先生もいいなと思いましたが、体が大きいし優しい顔でもないし無理だなと思って。その頃はまだ自分の将来や仕事について迷走していましたし、自分の見た目にコンプレックスがあったので、少しでも普通の人のようになれればよかったのです。だから身なりにそれなりの気を使おうとしただけでした。誰しも若い時期は、やりたいことに確信が持てないものですよね。
 
しばらく勤めてから、自分探しのためオーストラリアへ行き10年間ほど暮らしました。当初は英語をほとんど話せず、とにかくできる仕事をやってみたんです。ただ、自分で「こうなりたい」と戦略を立てた上で創発的戦略というか、その場で臨機応変に対応するアジャスト力のようなものを持っていたのかも知れません。そして、自分を信じ抜く力も家族が与えてくれていたのですね。今も、社員に対して信じ抜く力を自然に抱いています。どんな時もその二つが僕を支えているのだと思います。(談)

ねぎし・ひろあき ●(株)デンハム・ジャパン代表取締役社長/CEO(最高経営責任者)。1972年生まれ。大学卒業後、ファッションを始め様々な職種に携わり、2009年グラムール セールス(当時)の立ち上げメンバーとしてCOO(最高執行責任者)を務める。11年デンハム ザ ジーンメーカー ジャパン(現デンハム・ジャパン)代表取締役社長に就任、14年からデンハム本国(オランダ)のブランドディレクターも兼務。
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