仕事力~働くを考えるコラム

就職活動

「自分に根差した力を信じる」
根岸 洋明が語る仕事--2

就職活動

求める未来を諦めない

誠実な実績を重ねていこう

自分が良かれと思ってやったことで叱られたりして、周囲と歯車が合わない悔しさをずっと持っていました。学生時代は、思うように自分の将来を描けない時期が長く続きました。でも、家族はしっかりと僕を育ててくれて、仕事として幼稚園の先生もいいなと思ったこともあります。そうして大学卒業後はファッション企業に就職。しばらくして自分探しのためにオーストラリアへ渡り、10年近く暮らしました。

ワーキングホリデーを利用し、レストラン勤めや体を使う仕事、時には自分を売り込んで握ったことのないスシのシェフになったことも。そういった努力を重ねて永住権を取得するまでに至りましたが、それまでのそれぞれの挑戦の全てが今につながっています。もし、結果を出せるか出せないかの差があるとしたら、今の仕事を辞め新しい場に移る時、感謝してあいさつができるかどうか、つまり次に進む前に後ろをきれいにしているかどうかだと思います。「神様のありがた貯金」とも言えますね。
 
やがて人脈ができ、僕は幾つかのファッションブランドで仕事をしていきます。10年以上前にいた企業は世界規模でネット通販を展開していて、そこは現状のビッグデータを基に予測を立てる経営でした。これはシステムさえ構築できれば安定して先が読みやすい。ただ当時の僕は、サプライズが少ないことに飽き足らず、次の自分らしい仕事を求めていたんだと思います。
 
そんな頃に東京の代官山で「デンハム ザ ジーンメーカー」のオーナーであるジェイソン・デンハムと出会いました。有名なデニムのクリエーターであり、職人であり経営者です。彼は僕に名刺を出し、「何をやっているのか?」と質問してきました。その時はそれだけのことでしたが、7カ月後に中国の上海で僕が関わっていたトレードショー(見本市)で偶然再会。「君がこれやってるの?」と聞かれ、また会おうと別れてから3カ月後、イタリアにいた僕に連絡が来てアムステルダムで会い、そのまま日本に戻ってデンハムを引き受けたのです。挑戦の始まりでした。

「うさんくさい」と言われても

かつて僕はデニムブランドの仕事もし、デニムは好きでしたが、「本当のデニム」についてこの10年間、ジェイソン・デンハムから多くを学びました。生地、染め、縫製、デザイン、耐久性、新しい工夫など、もの作りの執念が宿っている。これを僕はどう売るか。入社当時はデニムのマーケット全体が低価格で、量販店では1千円台の商品さえありました。でも、僕がメインで打ち出したのは5万円前後。うちの「本当のデニム」は、車で言えばロールスロイスのような最高級品だから、と。
 
苦戦は予想していましたが、最初の3〜5年は大変で、とある業界関係者からはあからさまにバカにされました。「うさんくさい」「売れるわけがない」「お前、分かってんのか」と頭ごなしです。それでもこの価格は譲れない。「なにくそ」という気持ちで考え抜き、社員もそんな僕についてきてくれました。売り上げは当時、年2千万円程度、それが来年には30億円に到達するほどです。そのプロセスを次回お伝えしましょう。(談)

ねぎし・ひろあき ●(株)デンハム・ジャパン代表取締役社長/CEO(最高経営責任者)。1972年生まれ。大学卒業後、ファッションを始め様々な職種に携わり、2009年グラムール セールス(当時)の立ち上げメンバーとしてCOO(最高執行責任者)を務める。11年デンハム ザ ジーンメーカー ジャパン(現デンハム・ジャパン)代表取締役社長に就任、14年からデンハム本国(オランダ)のブランドディレクターも兼務。
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