「運も苦しさも取り込んで」
岡 康道が語る仕事―4
僕は次へバトンを渡さない
この時代が求める仕事をやり切ろう
僕はこんなふうに思いを巡らせることがあります。
例えば電車で隣に座った中年の男性は、自分の提案をピシャリと否定されて仕事が行き詰まった日の帰り、何を思うのか。あるいは屈託なく夕ご飯を食べている家族は、何の悩みもなく見えたりするけれど、もちろんそんなはずはなく、それぞれの人生で、その立場で人知れず抱えている思いがあるだろう、と。ニキビが顔の真ん中にできたとか、妻をねぎらう旅行をしたいとか、部下が言うことをきかないとか。
仕事で袋小路に入ってしまったら、僕は、この先には必ず消費者がいるんだと考えます。同じ時代を生きている人がいる。日々の仕事は、人の衣食住を支え、楽しみの発見や悩みの解決などにも手を貸している。でも経済活動だから、自分の食いぶちを稼ぐためにその仕事で利益を上げていきます。それは後ろめたいことでも何でもなく当たり前のことで、世の中の人はみんな分かっている。
ところが、広告となると「公」感があって、本質は「セールス」なのに、不思議な表現がたくさん出てきます。「地球の未来を守るために」とか、「みなさまの健康に寄り添って」とか 。自分たちはカッコいいことをやっていますと言い始める。でも、そんなふうに上から大ぐくりにしてものを言っても振り向く消費者はいません。それは「私の悩みを解決してくれる広告」ではないからです。
自分が手掛ける仕事と、人の暮らしや悩みを切り離したら伝わらない。それは広告に限らず、仕事にとって大切な力は、相手を想像する能力だからです。自分の仕事が誰かを喜ばせるから、働くことはとても面白いんですね。その場面をリアルに想像し、そこに至るプロセスを描く力を振り絞って欲しいと思います。
疑似体験を、もっと
想像力がもっとも鍛えられるのは、自分自身の体験かも知れない。ダイエットに失敗したことや、つらい失恋経験、人前で大恥をかいたこととかね(笑)。逆に、有頂天になったことも強烈に記憶しているでしょう。それは仕事で大切なエネルギーになっていく。
実体験ではなく疑似体験でもいい。映画を見る、本を読む、美術館に行く、音楽を聴く、ボランティアをする、親の話を聞いてみる。若い人は 自分の価値観を広げて蓄え、柔らかい感覚を持つことです。「上司は頭が固くて」と嘆いても始まらない。なぜなら人はみんな「時代の生き物」で、大人たちはその時代の価値観で生き抜いてきたから、違って当たり前、古くて当たり前なんです。あなたの心に刺さったことだけ、いただいておきなさい。
僕には、仕事を次へ引き継ぐとか、バトンを渡すといった気持ちはありません。広告という表現の仕事だからというより、自分が時代の要請に応えて、できるところまで試してみたいからです。異なった世代から何と言われようといいではありませんか。
だから若い仕事人は、上司や先輩の忠告やアドバイスを耳に入れつつ、これからは「こんな新しいことで闘いたい」と、自分の直感プランの主張を恐れないで欲しい。否定されても気にしない。上が分かる伝え方を工夫して、またトライを始めてください。(談)
出典:2015年7月26日 朝日新聞東京本社セット版 求人案内面